「蔵の街栃木市 歴史的建築物を活かしたまちなみづくり」
平成28(2016)年9月30日、東京都建築士事務所協会研修委員会の主催による「蔵の街栃木市 歴史的建築物を活かしたまちなみづくり」と題したまちなみ見学会が行われ、16名が参加しました。浅草から東武日光線で気軽に訪れることのできる蔵の街、栃木市は、観光地として定着した感がある北関東の歴史ある小都市です。中心部の旧栃木町は日光例幣使街道の宿場町として、また、江戸からの舟運により、物資の集散地として栄えた町でした。
今回は、そのルーツも探りつつ、歴史的建造物としての蔵を保存・活用しながら、観光・文化・商業の面で街づくりを進めている栃木市の取り組みを、まちあるきを通して学ぶことを目的としました。その中でも特に栃木県で初めて国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された「栃木市嘉右衛門町伝統的建造物群保存地区」(伝統的建造物:建築物76件/工作物34件、環境物件5件)に焦点を当てて探訪し、蔵の街の奥深さを体験しました。
東武日光線栃木駅前から旧日光例幣使街道を栃木中心部に向かい散策を開始。暑くもなく涼しすぎず、まちなみ見学には適した日和となりました。
旧日光例幣使街道沿いの見世蔵のまちなみ
巴波川の川面に浮かぶ遊覧船を横目で見ながら、黒塀と白壁土蔵の「塚田歴史伝説館」の前を立ち去るのを惜しみながら歩きます。商店街アーケードを抜け旧日光例幣使街道を再び行くと「とちぎ蔵の街観光館」に到着。元「八尾金」という荒物問屋田村家の店舗・住居・附属屋・土蔵群で、大通りに面した見世蔵が観光案内と土産品販売として活用されています。栃木ならではの「とちおとめアイスクリーム」でひと休み。このように旧日光例幣使街道付近には、江戸後期から昭和初期にかけて建築された店舗が多く残されています。店舗には土蔵造りの見世蔵と木造の2種類が見られます。それらの多くは、屋根を桟瓦葺きとし、街道に面する1階の部分に木製建具を設置した開放的なつくりとして、この地区の歴史的な特徴を表しているといわれています。
中でも見世蔵は平入の切妻屋根、外壁を漆喰仕上げとした土蔵造りの店舗で、江戸後期から明治初期にかけての建築。店舗を土蔵造りとしたのは類焼を防ぐためで耐火建築として関東を中心に発展したものです。
岡田記念館と別邸「翁島」
岡田家は、敷地1万m2あまりを有し、現当主岡田嘉右衛門で26代を数える栃木市屈指の旧家です。古くは武士で帰農し江戸時代慶長のころ、土豪として栃木に移住。荒地を開墾して徳川家から「嘉右衛門新田村」という名称を授かり、以降代々嘉右衛門を襲名しています。日光例幣使街道の開設に伴い沿道の名主としての重責を担ったほか、高家畠山氏の知行地となると、当家の屋敷内に領内13カ村の役所である陣屋が設けられ、代々領内の惣代名主的役割を果たすなど地域発展に寄与しています。また芸術面にも造詣が深く、巴波川の舟運や街道の往還を通して、文人たちが訪れています。蔵には、県文化財のほか数々の芸術品が展示され、何と宝暦10(1760)年から146年分の日記も保存されています。今年は台風被害が大きく、現在補修工事を進めている最中で広大な敷地内で見学できたのは一部だけでした。私設記念館ならではの苦労話もうかがいました。
駆け足の説明の後、ぜひということで別邸の翁島に時間を割くことになりました。翁島は、雅趣に富んだ明治時代の22代当主、岡田孝一が70歳の時に隠居所として建てたものです(大正13/1924年竣工)。
外から見た民家風の趣とは異なり、一歩踏み込むと用材はすべて銘木、ヒノキはすべて木曽産、廊下には長さ6間半、幅3尺、厚さ1寸のヒノキの1枚板というように贅を凝らし、建築を知る者を唸らせるばかりでした。今は生い茂った樹木に隠れていますが、当時は富士山や筑波山等を遠方に望む見晴しであったそうです。
嘉右衛門町重要伝統的建造物群保存地区に学ぶ
午後3時からは栃木市蔵の街課重伝建係横倉悟史係長より説明をいただき、 重伝建地区(重要伝統的建造物群保存地区)や建物のほかに、保存の取り組みや制度を詳しく知ることができました。嘉右衛門町重伝建地区は、栃木市の中心市街地の北側に位置し、西側に巴波川が流れ、中央を南北に日光例幣使街道が通っており、その通りに沿って敷地割りがされ江戸時代から商家として繁栄した地区です。この地区は、嘉右衛門新田村を起源としており、概ね天保年間(1830〜43年)の絵図に見られるまちなみを基本とします。建物の特性としては、通りに面して主屋を建て、その背後に蔵等の附属屋を並べます。主屋は、店舗部と住居部から構成されています。それらのことから、文化庁文化審議会は、「街道沿いに発展した在郷町の特色ある歴史的風致を伝え、わが国にとって価値が高い」として、栃木市泉町、嘉右衛門町、小平町、錦町および昭和町の各一部、面積約9.6haの区域を平成24(2012)年3月23日に指定し、同年7月9日に重伝建地区に選定しました。
最後に建築士等の専門家に期待したい点についてもお話を伺ったところ、若手建築士で保存に興味がある人を募集しており、業務を委託する方を現時点で4名程集めたそうですが、今後、さらに裾野を広げる必要があるとおっしゃっていました。
油伝味噌(株)
木造真壁出桁造り店舗で国登録有形文化財。見世蔵と同様に桟瓦葺きの切妻平入りで、軒先を出桁造りとし、外壁は下見張り。大正期から昭和初期にかけて建築された3棟が、文化財に指定されています。代表取締役小池英男氏よりお話を伺いました。現在も伝統の味噌をつくり続け地域の人びとに親しまれ、附属店舗ではみそ田楽を味わうことができます。東京から近いこともあり、ドラマや映画のロケ地として何度も撮影に使われているというお話でした。
研修を終えて
歴史と伝統を感じさせ、現代に生かすために蘇らせ保存するという建築。伝統的建造物群保存の現場に入り、改めてまちづくりを意識した建築とは何かということを考えさせられました。
蓼沼 芳(たでぬま・かおる)
東京都建築士事務所協会研修委員、江東支部副支部長、株式会社阿波設計事務所執行役員 東京支店支店長
1961 年生まれ/ 1986 年 東京工業大学大学院修了/ 2008年年 株式会社阿波設計事務所入社
1961 年生まれ/ 1986 年 東京工業大学大学院修了/ 2008年年 株式会社阿波設計事務所入社
記事カテゴリー:歴史と文化 / 都市 / まちなみ / 保存