木の香り、そして木の働き──⑧
クスノキ 耐久性にすぐれ、その成分カンファーは医薬品として用いられる
谷田貝 光克 東京大学名誉教授
日本一の太さを誇る鹿児島県蒲生町のクスノキ。
大木の多いクスノキ
クスノキ科は30属、2,500種ほど存在し、その多くは熱帯、亜熱帯に分布している。一部はクスノキのように温帯にまで分布するものがある。わが国にはクスノキのほか、芳樟、クロモジ、シロモジ、シロダモ、ヤブニッケイ、タブノキなどがあり、いずれも芳香を発する。クスノキは長命であるのに加え、神木として神社に植えられ保護されている場合が多いこともあり、巨樹や樹齢の高いものが多い。環境省の巨木・巨樹の全国調査ではベスト10のうち、3位のサクラを除き他の9本はクスノキである。
鹿児島県蒲生八幡神社の天然記念物のクスノキは全国一の巨木、樹齢1千年、樹高30m、幹周りは24mに及ぶ。大地に大きく張り出したごつごつした根元を見ると、1千年の風雨に耐えてきた忍耐のようなものを感じさせられる。
クスノキは香りが強い
クスノキの名には強い匂いを持っているのでクサノキ=臭木、あるいは匂いが強いので他の木に比べて奇しを意味するクスシキキ=奇木といった由来がある。香りの強いクスノキだが、それがまたクスノキの良さを引き出している。クスノキの材にはカンファー(樟脳)をはじめとする芳香成分が含まれているので耐朽性が高く、また害虫にも強い。材は切削などの加工が容易で、欄間や床柱などのほか、工芸品、彫刻、仏壇・仏像、船材として利用される。富山県南砺市井波の伝統工芸で知られる欄間彫刻にはクスノキ材が使われる。
飛鳥時代に仏教の伝来と共に伝えられた仏像は白檀でつくられていたが、わが国には白檀がないので白檀同様に芳香を放つクスノキが利用されるようになった。飛鳥時代の最古の木彫像の法隆寺夢殿の救世観音、同じく法隆寺の百済観音、中宮寺の弥勒菩薩など、いずれもクスノキでつくられている。香りの強いクスノキの仏像は千数百年を経た今でもなお、クスノキ材の油細胞中には油が残っているという。クスノキが古代から舟材として使われていたことは、古事記の「鳥石楠船」の記述からも、日本書紀の素戔嗚尊が眉の毛を抜いて撒いたらクスノキになり、それを舟材として使えとの記述からもうかがえる。クスノキが水湿に強く、また比較的加工しやすいことが古来舟材として使われてきた理由であり、実際にクスノキの丸木舟が遺跡から出土していることからも分かる。
クスノキの活性成分カンファー
クスノキからその主成分カンファーを取る方法は、17世紀ごろに中国から台湾、琉球を経て薩摩に伝えられたという。幕末には土佐藩と薩摩藩が樟脳製造に力を注ぎ、外貨獲得に熱心だった。明治以降、樟脳は鹿児島地方を中心に生産され、また日本の台湾統治時代には台湾でも盛んに生産されて、日本は世界一の生産量を誇っていた。樟脳は国家統制のもとに専売制が続いたが、昭和30年代に合成樟脳に置き換えられて、今では樟脳生産はほとんど行われていない。
カンファーはセルロイド製造原料として玩具、人形、食器などに多量に利用されてきたが、燃えやすいという欠点を持ち、今では他の合成品に置き換えられている。カンファーはd–カンフルの名で日本薬局方で医薬品に指定されている。dl–カンフルは合成樟脳で、これも医薬品に指定されている。カンファーは局部刺激用、鎮痛用、虫刺されの皮膚刺激用、強心剤、防虫剤として利用されている。カンファー粉末をキハダの内皮の黄柏末に加えて卵白で練ったものを打撲傷の患部に塗布すると効果がある。
アロマテラピーでは発汗、発赤を和らげ、抑うつ症状を和らげるのに使われる。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学。
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