江東支部山形研修見学会
江東支部|令和5(2023)年6月2〜3日@山形県
宇那木 麻衣(東京都建築士事務所協会江東支部、一級建築士事務所 club Mai architects)
 江東支部5名のメンバーで山形を訪問し、建築やまちなみについて見聞を広めるとともに参加者の懇親を深めた。6月2日(金)東京駅8時発、4名で山形新幹線へ。コロナにより長らくNGであった、座席を回転し向かい合わせにしての利用も可能となり、やや懐かしい和気藹藹とした車中の時間であった。
 11時頃かみのやま温泉駅着。大雨の中レンタカーで蔵王方面へ移動し、「インクルーシブプレイスコパル」へ。
インクルーシブプレイスコパル。
インクルーシブプレイスコパル(2022年、設計:o+h)
 昨年春オープンしたばかりの山形市の児童遊戯施設である。「インクルーシブ」には分野や世代を超えてつながる共生社会という意味があり、厚生労働省が掲げているキーワードでもある。ランドスケープとともにゆるやかに波打つ3次曲の屋根は一部木製アーチを受けるスチールトラスで構成され、木目と白を基調とした明るく柔らかな雰囲気が訪れる人を温かく迎え入れる。内部は大空間でありながらヒューマンスケールに合った多様な小空間をも内包し、楽しそうに遊ぶ親子の様子が印象的であった。
旧済生会本館(1878年、棟梁:原口祐之)
 明治11(1878)年に山形県立病院として文明開化の象徴となるべく建設され、その後老朽化に伴い解体、昭和の宮大工たちにより移築復原された重要文化財である。中庭を囲む14角形の回廊があり、回廊に沿った8室の病室が連なる特徴的なプラン。現在は山形市郷土館としての展示があり、当時の山形の近代化を牽引した山形県令三島通庸の強固なリーダーシップと政策には学ぶところが多かった。どしゃ降りの雨の中残り1名と合流。
旧山形県庁舎内部。
アーチが美しい旧山形県庁舎の廊下。
旧山形県庁舎・旧山形県会議事堂(1877年、設計:田原新之助+中條精一郎)
 明治初期に建設されたのち明治44(1911)年大火により焼失、大正初期に復興建設されたのが現在の建物であり、昭和50(1975)年の県庁移転まで県政において重要な役割を果たしたという。
 県庁は煉瓦造の3階建てで外壁は花崗岩、内部は中庭に面したアーチの回廊や重厚感ある中央階段、精緻な建築装飾が美しく、大正初期の洋風建築の特長を伝える貴重な文化財である。
 特に山形の特産品であるモモやサクランボを象った漆喰飾天井は、平成7(1995)年に完成した修復工事においてたったひとりの職人が毎日数十センチずつ10年かけて補修したというボランティア解説員のお話には驚かされた。スクラップ&ビルドとは異なる価値観で建築が技術・意匠ともに継承されることの重要性を改めて感じた。
寒河江市役所庁舎。
寒河江市役所庁舎(1967年、設計:黒川紀章)
 3、4階はコアから高張力PC棒鋼で吊り下げられ、7.7mほどオーバーハングしているダイナミックな構造である。竣工時は先端が10cmほど上がっており5年間で水平に落ち着くよう計算されたそうで、現在は先端がやや下がっているように見受けられた。平成24(2012)年から行われた耐震改修工事では1階床下に地下ピットを設け、免震層が設置されたという。
 内部は動きのある凝ったパターンの床タイルや岡本太郎の照明モニュメントが配され、この時代ならではの庁舎建築の趣を感じさせた。
ほうき塀のある三木屋参蒼来玄関。
三木屋参蒼来ロビー。
三木屋参蒼来(2019年、設計:宇那木麻衣/一級建築士事務所club Mai architects)
 今回の宿泊先である三木屋参蒼来は、経営難に陥っていた創業昭和6(1931)年の旅館を、若い世代や海外からの客層も視野に入れて再生した「山形ならではの自然旅館」である。弊社は設計監理の立場として携わり、アプローチの一部・エントランス・レストラン・客室の一部等のリノベーションとともに、施設コンセプトやロゴ、サイン計画のリブランドに参画した。
 到着後、宿自慢の温泉にて各々疲れを癒してから、彩り豊かな山形料理と地酒を楽しみ、ラウンジでの二次会でも建築の話が尽きず充実した時間を過ごした。
 6月3日(土曜)朝、縁側状に設けられた檜の露天風呂につかり、キジの鳴き声が響くなか眺めた蔵王の山並みは悠然そのものであった。幸い雨もやみ、晴れ間が出そうだ。
 三木屋参蒼来は、竣工当時コロナ禍のピークが重なり苦心されていたが、今回の来訪で順調に客が増えていることを実感し安心した。古い旅館再生は珍しくないことであるが、三木屋参蒼来ではM&A後も従前の女将・従業員を同じポジションで継続して雇用することによって、新規顧客だけでなく昔からのお得意様も安心して過ごせるホスピタリティの配慮がなされている。
スイデンテラス(2018年、設計:坂 茂)
 バイオベンチャー創生モデルである鶴岡サイエンスパーク内にある「水田に浮かぶ」ホテル。天然温泉やサウナを備えたドーム状のスパ棟や、地域の児童施設も点在する。ロビーのあるメイン棟内部は木をふんだんに使った開放的な無柱空間。坂氏特有の紙管も家具などに多用され、総じて設計者の思想が感じられる建築であった。
躍動する荘銀タクト鶴岡の屋根。
荘銀タクト鶴岡にて記念撮影。
荘銀タクト鶴岡(2018年、設計:SANNA)
 1,120席規模の大ホールを備える芸術文化活動の拠点、荘銀タクト鶴岡。曇天の明るみを鈍く反射するシルバー色の屋根は、異なる反りが分節しながら連なり、まさにタクト=指揮棒の描く軌跡のようにリズミカルだ。この屋根形状は、高さ30mのフライタワーの量感を軽減し、かつ諸室を街につなげるため周辺建物との調和、眺望保全への配慮から生まれたという。ホール部はRC耐力壁で固め、ホール部と曲面屋根は鉄骨造で自由に構成されている。
 こぢんまりとした入口を抜けると曲線と曲面で構成されたおおらかなエントランス空間に包まれる。天井の木ルーバーが微妙な傾きを持ちながらその曲面空間に沿って吊るされ、固定には調整の効く糸状のものが用いられているようだった。残念ながらホール内部は見学できなかったが、ワインヤード方式と呼ばれる葡萄の段々畑のように舞台を取り囲むこのホールは音響に定評があるそうだ。
土門拳記念館の庭。
土門拳記念館の回廊。
土門拳記念館(1983年、設計:谷口吉生)
 写真家・土門拳の写真作品を所蔵・研究・展示するための酒田市立の美術館。今回の旅は自由な曲線や曲面の建築を多く見てきたが、突き詰められた寸法体系と明快な構成が直線で表現されたこの建築の佇まいには、空間と身体が対峙するような気持ちの良い緊張感を感じた。
 展示室は土門拳の深淵な世界に没入できる薄暗い均質な空間。一方でそれらを結ぶ回廊は、「静」なる室内からガラス越しに光や影、水面といった、常になにかが「動」いている圧倒的な外部を眺める趣向となっている。谷口氏は土門拳と交友の深かったイサム・ノグチや亀倉雄策、勅使河原宏らにも参画を求め、彼らのアートや庭園を建築と連続する巧みなシークエンスで結び、シンプルな平面からは想像もできない豊かな時間が紡ぎ出されている。

 素晴らしい建築を実際に体験し、技術やデザイン、まちなみといった様々な視点で語り合う中で多くの学びを得られたように思う。庄内空港ラウンジにて飲んだ生ビールは格別。皆様たいへんお疲れさまでした。
宇那木 麻衣(うなき・まい)
東京都建築士事務所協会江東支部、一級建築士事務所 club Mai architects
東京都生まれ/早稲田大学大学院修了後、大林組/2018年 一級建築士事務所 club Mai architects設立