「モンゴル国地震防災能力向上プロジェクト」墨田区研修
墨田支部|令和5(2023)年4月19日(水)@墨田区庁舎防災センター
鈴木 文雄(東京都建築士事務所協会理事・研修委員会委員長・会誌専門委員会委員長・墨田支部、有限会社鈴木設計一級建築士事務所)
モンゴル国使節団のみなさん。(撮影:天野靖大/オリエンタルコンサルタンツグローバル)
講演する加藤主査。(撮影:中平守/墨田支部長)
筆者による講演。(撮影:同上)
地震が急増するモンゴル国
 令和5(2023)年に入っても日本各地で地震が頻発している。2枚の大陸プレートと2枚の海洋プレートの境界にあるわが国にとっては日常茶飯事の自然現象といえるが、地震の活動期に入ったとの見方もあることが懸念されている。
地球の表面は10数枚のプレートで覆われており、主な地震の発生箇所はプレート境界付近であるが、プレート上の内陸部においても地震は発生する。そんなユーラシアプレートの上にあるモンゴル(正式名称は日本表記で「モンゴル国」。以下、モンゴルと称する)において近年地震が相次いでいることをご存じだろうか。われわれからすると大陸プレート上にあれば地震が少ないのでは? と思ってしまうが、マグニチュード(以下、M)5.5以上の地震の発生ランキング1位は中華人民共和国なので、そこに接するモンゴルで地震が多発するのも頷ける。
 モンゴルは東アジアにあり、北をロシア、東と南を中華人民共和国に接し、国土面積が日本の約4倍の内陸国である。モンゴルでは1900年以降、西部地域を中心にM7を超える地震が13回発生している。近年に全人口の約半数が集まる首都ウランバートル市の近郊に6つの活断層(ホスタイ断層:同市から南西約30km、エミールト断層:西約15km、グンジン断層:北東約10km、アブダル断層:南約35km、シャルハイ断層:南約35km、ムングンモリト断層:東約190km)が発見されている。
 国家統計局によると、令和2(2020)年は56回、令和3(2021)年は7月までで255回もの地震が記録されているとの報告がある。同年は強い地震も多く、1月12日にはフブスグル県でM6.5、9月8日にはトゥブ県のジャルガラント村の北東18kmでM5の地震が発生し大きな地震が急増している。
モンゴル地震防災能力向上プロジェクト
 JICA(独立行政法人 国際協力機構)は「モンゴル地震防災能力向上プロジェクト」として平成24(2012)年から技術協力を行ってきており、フェーズ2の期間が令和4(2022)年4月から令和8(2026)4月までとなっており、プロジェクト活動の一環として日本での研修を実施し以下の達成を目標としている。
・日本の行政による建物の耐震化に係る取組み及び実施プロセスを理解する。
・耐震設計・耐震補強の手法及びその有用性について理解する。
・防災行政及び防災教育についての知見を得る。

 日本での研修期間は令和5(2023)年4月17日(月)から4月26日(水)で以下の日程が組まれた。
※表記は研修内容。( ):研修会場
4/17 (月):
訪日
4/18 (火):
研修日程・内容の確認(JICA 東京)
行政による学校の耐震化(板橋区 / 板橋第二中学校)
4/19 (水):
耐震化促進に関する法制度(国土交通省)
行政による耐震促進事業の実施状況(墨田区役所)
東京スカイツリーの耐震構造見学(墨田区役所 / 東京スカイツリー)
4/20 (木):
そなエリア東京の見学(東京臨海広域防災公園)
国家防災機関の業務内容、予防政策の概要(内閣府)
法務省旧本館の見学(法務省旧本館)
4/21 (金):
病院の耐震補強(東京女子医科大学病院)
集合住宅の耐震補強(高島平団地)
RC 造・S造建物の耐震補強(JICA本部)
日本の耐震補強工法の習得(東急建設)
4/22 (土):
本所防災館の見学(本所防災館)
組積造の耐震補強(牛久シャトー)
4/24 (月):
木造・組積造の耐震補強(JICA本部)
PC建物の耐震補強(東京都立大学)
耐震工法実験施設の視察(鹿島建設)
4/25 (火):
日本の耐震設計、海外建築の耐震診断・補強(JICA本部)
4/26 (水):
帰国

 研修参加者は、国家非常事態庁長官、モンゴル国内閣府副首相顧問、建設・都市開発省局長、ウランバートル市非常事態局、教育・科学省、保健省、モンゴル建築技術者協会総裁・名誉総裁、建設開発センター課長との錚々たるメンバーである。われわれ、墨田区都市計画部不燃・耐震推進課と墨田区耐震化推進協議会は、4/19の墨田区研修に向けてJICAとの間を取り持つ(株)オリエンタルコンサルタンツグローバル社と打ち合わせを重ね当日を迎えた。
4月19日 墨田区での研修
 当日のプログラムは以下である。
第1部 13:30頃~
「墨田区の耐震化促進事業および民間団体との協働」
講師:加藤広太墨田区都市計画部不燃・耐震促進課主査
第2部 15:30頃~
「墨田区における耐震協の役割」
講師:鈴木文雄墨田区耐震化推進協議会前会長

 研修団はバス移動でありタイムスケジュールも過密なことから到着時間は未定といわれていたので、早めに講演会場である墨田区庁舎5階の防災センターにて待機した。
 講演で使用するパワーポイントは事前にオリエンタルコンサルタンツグローバル社により翻訳され、会場で画面に表示されるものはモンゴル語に書き換えられたものとなる。そのため、画面を見ながら話すことができないので自分用の台本を別に用意しておかなければならない。加藤主査は約50頁、私は約30頁の台本をめくりながら話すことになる。しかも、数行ごとに翻訳を挟まなければならない。その区切りは打合せなしのぶっつけ本番なので、いままでにない緊張感に包まれた待ち時間となった。
 その後、ほぼ時間通りに一行が到着し、落ち着いた状態を見計らった後、通訳者の司会進行により墨田講演は始まった。
 講演の概略は、第1部で加藤主査により墨田区の概要、地域特性、震災戦災からの復興における市街地形成の歴史、木造密集地域の課題、耐震改修促進事業、墨田区の耐震化助成制度、実施中の耐震化緊急促進アクションプログラムが説明され、われわれ墨田区耐震化推進協議会にバトンタッチし第2部につなげた。
 第2部では墨田耐震協の設立経緯、構成団体、区との連携のしくみ、東京都地域危険度ランキングと木密地域の現状、耐震協の必要性、活動内容や実績を話し、最後に兵庫県南部地震の画像・映像を用いて市街地地震の恐ろしさを伝えた。息をつく間もない約3時間であった。
 研修団のみなさんは終始、真剣に聞き入っている様子で、まさに国家を背負って研修に来たという本気度が伺え、こちらとしても必要なことはすべて伝えようという思いから、自然と身振り手振りが大きくなったような気がする。とにかく貴重な初体験だった。事前の打ち合せで言われたことは「イベントにブースを出して啓発活動を行うことなど、日本では当たり前のことが彼らには非常に珍しいこと」とのことだったので、普段の講演ではあまり時間を費やさない耐震協の研修や見学会、啓発活動の内容に重点を置いた。また、イベントのブースで来場者に配布するノベルティグッズをひと通り持参して説明し、なかなかの好評を得た。LEDライト、緊急用ホイッスル、保存用液体ミルク、携帯おにぎり、防災セットを見せながら説明しそのままみなさんに差し上げた。今思うと、お土産代わりに人数分お持ちするべきだったと悔やまれてならない。長い日本での研修のほんの少しの時間だったが、何かを得ていただけていれば嬉しく思う。
耐震化推進協議会の経験と知識を伝えたい
 われわれは当たり前のように防災教育を受け、誰もが少なからずいざというときの備えを意識して生活を送っている。これは地震大国に住む覚悟である。モンゴルでは人口が密集していない西部を中心に地震が活発化してきており、徐々に首都への被害が懸念される状況に移っているようだ。ということは、恐らく、都市部の方々にはまだ防災意識は根付いていないのではないだろうか。兵庫県南部地震発生前の日本人の防災意識に近いのかもしれない。われわれが1995年以前に「耐震基準の見直し」、「耐震補強」、「防災」と言われてもピンときていなかったと思うし、心が動いたかというと恐らくそうはならなかったと思う。そのような状況の中、志を持って学びに来た研修団には心より敬意を表したいし、何とか力になって差し上げたいと思うのはこの活動を続けてきた者として当然である。研修後にいただいた御礼メールに「モンゴルで耐震化推進協議会の設立を提案している」と書かれてあった。「同じ危機感を持つ仲間として共に研鑽してまいりましょう」と返信した。地元のためだけに頑張ってきただけなのに、まさか他の国の方々の役にも立つことになろうとは。平成18(2006)年から蓄積された耐震協の経験と知識が形を変えて遠い地で根付くことをぜひ期待したい。
鈴木 文雄(すずき・ふみお)
東京都建築士事務所協会理事・研修委員会委員長・会誌専門委員会委員長・墨田支部、有限会社鈴木設計一級建築士事務所
1984年 東海大学建築学科入学/1987年 同校中退、東京デザイナー学院建築デザイン科入学/1989年 同校卒業/有限会社鈴木設計一級建築士事務所入社/現在、同代表取締役