第49回東京建築賞総評
千葉 学(東京建築賞選考委員会委員長)
 今年の応募作品総数は97。去年に比べて大幅に増えました。一次選考では、各委員が書類審査を行った上で投票を行い、現地審査の対象33作品を選定しました。続く現地審査では、1作品につき2名ないし3名の審査委員が現地に赴き、その後現地審査報告を全委員で共有したのちに各賞についての議論を交わしました。議論は時に領域を横断し、各作品の社会的意義や価値を精査する局面もありましたが、結果的に全委員が納得するかたちですべての賞を決定しました。

 今年印象深かったのは、各作品が抱える個別の条件や敷地環境への誠実な取り組みから立ち上がる建築の普遍的な強さであり、空間の美しさでした。社会が複雑化する中で、各作品の背景にある課題は一括りにできないくらい多様ですが、建築ができることによって、こうした課題がむしろ未来に向かっての可能性として浮かび上がる、そんな建築の力を感じる作品が多かったと思います。

 戸建住宅部門最優秀賞の「斜と構」は、中でも特に感銘を受けた作品です。間口の狭いうなぎの寝床状の敷地は、常に短手方向の耐震性と開口をどう両立させるかが課題となりますが、この作品は筋交いを大胆に室内に露出させることで、間口一杯の開口を実現しています。この筋交いは、一見すると恣意的な「表現」にも見えますが、実際に訪れると、日々の生活に寄り添うような心地よい親密さを空間に与えており、さらに詳細に設計された周辺環境との応答関係は、実に快適で居心地の良いものでした。こんな住宅が街に増えて欲しいと思います。

 共同住宅部門最優秀賞「チドリテラス」は、路地状敷地におけるコーポラティブハウスです。通常なら、厳しい敷地条件の価値を高めるために容積を最大限使い、地下住戸も数多く設け、ドライエリアでその快適性を担保するのが精一杯ですが、この計画は、むしろ地下のドライエリアを積極的なコモンと位置付け、敷地のレベル差も巧みに利用して容易にアクセスできる明るさを持った空間に仕立てています。地下であることを忘れるほどに開放的な住空間は、厳しい敷地条件と誠実に向き合ったからこそ生まれたのでしょう。

 一般部門一類最優秀賞の「道の駅しょうなんてんと」は、空間の魅力が際立つ作品です。周辺の農業風景に呼応した切妻屋根の連続体の屋根の下に、幾何学的な平面が広がっています。しかしその屋根や平面の幾何学が、敷地環境との応答の中で45度に振られて展開したことで、内部空間は幾何学の堅さをまったく感じさせない、むしろ軽やかで、同時に奥行き感のある場となっています。地域にとって、求心力のある場になることが期待できます。

 一般部門二類最優秀賞で東京都建築士事務所協会会長賞も受賞した「新宿住友ビルRE-INOVATION PROJECT」は、超高層のリノベーションとして大きな意味を持つ計画です。新宿の超高層群は、歩車分離や高層棟と広場という20世紀的な思想を体現するものです。そのモデルは今なお世界中で適用されていますが、一方で拠所のない広場やビル風など、課題がさまざまなかたちで顕在化していることも、多くの人が知っています。その超高層の足元に大屋根を架けることでこうした課題を見事に解決し、新しい公共空間を生み出したことは、20世紀的建築への批評としても価値ある作品だと思います。
 ただ、最優秀賞を受賞されたからこそ、ひとつだけ「問い」を投げかけたいとも思います。たまたま訪れた平日の昼間、この新しい公共空間で目にした人は、オフィスに往来する人だけでした。一方お隣(新宿三井ビルディング)の「55ひろば」では、パソコンに向かって仕事をする人、お弁当を食べる人、スマホを見ながら寝転ぶ人、椅子に座って居眠りする人など、実にさまざまな人たちが、思い思いに過ごしていました。かつては政治や宗教と結びついた「空間」は、現代においては容易に「管理」と結びつき、都市を覆い尽くしつつあります。大規模な計画が資本/技術の両面で容易に実現できる時代だからこそ、こうした空間が本来持つべき「寛容さ」を維持する努力はよりいっそう重要になるのだと思います。「空間」の魅力とそれを支える高度な技術が際立つ作品が多かったからこそ、あえてここに記しておきたいと思います。
千葉 学(ちば・まなぶ)
東京大学大学院工学系研究科教授
1960年 東京生まれ/1985年 東京大学工学部建築学科卒業/1987年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了/2001年 千葉学建築計画事務所設立/2009年 スイス連邦工科大学客員教授/2013年 東京大学大学院教授/2016年 東京大学副学長/2017年 ハーバード大学GSDデザインクリティーク (© Wu Chia-Jung)
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