伝統建築工匠の技 第4回
全国文化財壁技術保存会
安達 保信(全国文化財壁技術保存会会長、有限会社安達左官店)
全国文化財壁技術保存会について──伝えたいこと
 伝統建築工匠の技がユネスコ世界遺産に登録されたことは、他団体とも同慶の到りであり、ありがたい出来事でした。職人の技とともに設計の技術と相俟って、日本の木造建築における永々とした先人の経験の積み重ねの結果として現在の技が確立されたもので、それは次世代に継承されねばなりません。今、われわれは若手技能者の育成の努力をしています。しかし、左官の世界に入職する人は減少の一途であり、また入職しても修練に耐えがたく途中で離れてゆく姿を見るのがたいへん残念です。
 人手と両輪である材料の担い手にも入手困難の波が増加し、難題が多く発生しています。材料業者と左官施工者が共存しなくては文化財保存の継続は困難を極めます。
 壁塗技術は「からだ」で覚えるという世界であると同時に、材料を水で練り合わせ乾燥を待って成否の結果が出るので、失敗を重ね、経験が大いに重要な世界であり、気候や現場条件、また材料の質の変遷などで、結果が左右される特殊性があります。
 そのため、建築全般の施工進捗の流れの中で、土の乾燥期間が必要で工期がかかるという問題も発生します。左官業界は下請負の場合が多く、また季節により仕事の片寄りが発生します。そこで同業者の連携を密にして、平素から職人の助け合い環境を築いてきました。それが団結力のある業界として継続している理由のひとつです。
 このような背景の元で平成3(1991)年頃より本会をつくるべく準備を重ねてきました。そして平成5(1993)年に会則が制定されました。
 会則の冒頭にに記された本会設立の趣旨には、「私共、文化財建造物保存修理事業の壁工事に携わる者は『文化財建造物は、その建造された時代の先人の優秀な技術の結晶であり、またその時代の高度な精神性をも現代に伝える貴重な遺産である』との認識に立ち、日々携わる文化財保存修理事業は、その高い精神性の再現であるとの思いに立って仕事をして行きたい」とあります。その実現に向けて、お互いに手を携え、古来の左官技術の保存と向上、優良材料の確保に務めるとともに、種々の研究活動や情報の交換を図り、後継者の育成に務め、文化保存事業の推進に寄与するために本会が設立されました。その後、平成14(2002)年7月8日に、文部科学省より選定保存技術保存団体としての認定を受けました。
文化財建造物の保存と継承に向けての、本会の研修内容を以下に紹介します。
●基礎講座
講義風景。
三和土実習。
版築実習。
鏝製造見学。
姫路城見学。
土製造・採取場見学
●普通講座
大津壁材料拵え。
大津壁実技。
射水市内鏝絵見学。
鏝絵実技。
赤漆喰・黒漆喰材料拵え。
赤漆喰・黒漆喰実技。
●中級研修
講義風景(筆記)。
二条城見学(筆記)。
六葉の漆喰塗り。
額縁の漆喰蛇腹
伝承者養成技術研修会
 当会では、文化財の現場に携わる上で必要となる知識や技術を継承していくための技術研修である「伝承者養成技術研修会」を行っています。基礎講座と普通講座の2種類があり、前期と後期と分けられ、各6日間、合計12日間(96時間)行います。下記に各講座について紹介します。

【基礎講座】──左官の基礎的な部分を学ぶ
 基礎となる下地(壁など)づくりを学び、左官の材料(土や苆など)・道具(鏝)についてなど左官の基礎的な部分を学ぶ講座です。文化財建造物の歴史や構造、文化財保護法や行政施策など基礎的な知識を身につけるための座学と、左官の基本ともいえる竹木舞掻きや三和土、版築といった実技を行います。姫路城などの修理現場や、土や鏝を製造している建材店での見学もあります。

【普通講座】──さまざまな技術の習得
 漆喰、大津、土佐漆喰、鏝絵といった各仕上げの材料の拵えと技術を身に着けるための講座で、実技講習が主要となっています。漆喰、大津、土佐漆喰は材料練りから始まります。実際に練ることで材料の性質を肌で感じ、より材料に対し理解を深めるように指導しています。各種仕上げに関しては、塗る技術もさることながら、壁の乾き具合を見極める目も必要ですので、さまざま技術の習得が求められます。
 鏝絵の実技講習では、まず鏝絵が用いられている現場を見学し、実技に対するイメージを持ってもらい、各々でイメージしたものを実際に鏝絵に実践します。想像力と繊細な技術が求められる実技です。
 実技だけでなく、漆喰をつくる上で欠かせない石灰の工場見学もしています。

【中級研修】──現場の長を育てる
 基礎・普通講座を修了した方を対象に、文化財保存修理現場の長を育てることを目的とした中級研修(筆記・実技)もあり、それぞれ3日間行います。
 まず、筆記試験を受けるにあたり、初日に文化財に携わる上での考え方、文化財に関する法律、修理現場の施工例などからの対応策についての講義を行います。2日目には、各講座の講義内容より試験を実施し、3日目に文化財建造物の見学を行います。
 翌年には、筆記試験合格者を対象とした実技を行います。初日に伝統的建造物に関する講義を行い、2日目~3日目は「六葉の漆喰塗」および「額縁の漆喰蛇腹」の実技試験を行います。六葉は形が複雑であるため、より高度な技術と塗るための工夫といった柔軟性が必要とされます。

 今後は、明治・大正期における建造物の左官工事が増えてきますので、洗い出しや研ぎ出し、蛇腹工事などの研修を行えるよう本会も取り組まなければなりません。それらの知識や技術を身につけ理解を深めるため、よりいっそう尽力していく所存です。
安達 保信(あだち・やすのぶ)
全国文化財壁技術保存会会長、有限会社安達左官店
1935年 京都府京都市生まれ/1991年 全国文化財壁技術保存会設立/2002年 団体認定/2019年 会長就任
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