1.はじめに
去る令和3(2021)年7月27日に、第4回事業承継セミナーを開催いたしました。シリーズ最終回ということもあり、前半は講演、後半は参加者の皆さまと一緒にワークショップという流れです。90分という限られた時間内に「事業所の未来像」をすべて書くことは不可能です。そのため、ワークショップを通じて「事業所の未来像」のひとつである「事業承継計画書」作成に着手する前に振り返るべきポイントを書き出してもらいました。当日はたくさんの方々にご参加いただき、誠にありがとうございました。
2.講演:「社長、伝えたい大切なものは何ですか?
──わが社の『強み』を次世代に引継ぐ」
【何を引継ぐのか】──わが社の『強み』を次世代に引継ぐ」
事業承継を過去3回のセミナーで、①親族内承継、②親族外承継(従業員等)、③親族外承継(第三者)の3パターンに分けて考えました。誰を後継者として引継ぐのかの視点です。今回は、何(ヒト・モノ・カネ)を後継者に引継ぐのかがテーマです。
最も重要であり、最も承継に困難が伴うもの、それは目に見えない資産です。企業が持っている強みであり、知的資産とも言われます。具体的には、経営理念や企業文化などが該当します(図1参照)。
とかく、経営者も従業員も見落としてしまいます。貸借対照表に載ることもありません。しかし、企業が継続し発展するために無くてはならない資産です。この見えない資産を後継者に引継ぐにはどうしたらいいのでしょう。見えない資産の「見える化」が必要です。
【「見える化」するには】
見えない資産を「見える化」し、真の強みを探り出すツールとして「KJ法」と「なぜなぜ分析」をお薦めします。「KJ法」は、元東京工業大学の川喜田二郎教授によって考案されたアイデア発想法です。
参加メンバー各々が思いつくままにわが社の強みをポストイットに書き、ボードに貼り付けグルーピングするやり方です。「なぜなぜ分析」は、グルーピングされた(表面的な)強みの源泉を探すために「なぜ?」を繰り返す方法です。
グルーピングし「なぜ?」を繰り返して探し当てた、強みの源泉(と思われる項目)を3つ、4つに絞り込むことは簡単ではありません。真に強みといえる項目はどれかを特定するため、再度「KJ法」の要領で、まとめられる項目はないかを検討します。
この作業を繰り返し項目を絞り込んだところで、当初ポストイットに書き込んだ(表面的な)強みと論理的に結びつくかを検証します。ストーリーとして矛盾がないなら、それこそがわが社の「強みの源泉=真の強み」であり、後継者に確実に引継ぐべき宝物です。
【後継者となるあなたに】
最後に、後継者(候補)のあなたにお伝えしたいことがあります。事業承継は「第2の創業」とも言われます。先代が大切にしてきたもの(=宝物)を引継いで、「それでよし」ではありません。
事業の継続、さらに成長発展させることが務めです。強みを活用し、業績向上や会社の価値向上に結び付けていく経営手法を「知的資産経営」と呼びます。知的資産経営の実践には何の資金も必要ありません。すでにわが社にある、宝の持ち腐れをしてはなりません。知的資産経営の実践は4つのステップからなります。この4つのステップをPDCAサイクルの要領で回していくのです。
Ⅰ. 強みの発見・評価──真の強みを見出す(今回のテーマです)
Ⅱ. 発見された強みの活用──強みの活用方法を検討する
Ⅲ. 活用方法の検討──実現可能な案を選定する
Ⅳ. 実施計画の策定──具体的な実施計画を作成する
3. ワークショップ:未来予想図をつくろう
ご自分の思いや夢を、具体的な形にして書き出しましょう。遠いところから始めて、現実に戻るバックキャストというイメージトレーニングです。まずは、10年後の自分は何歳なのかを書き入れます。そのあと、将来の「あるべき姿」を想像します。最初に10年後の会社における以下の内容を考えてみましょう。
まずは、経営者。次に事業内容。そして、売上高、営業利益。従業員は何人になっていますか? 借入金はどれくらい? 営業エリアは広がっていますか? それとも地元に根差した会社? 次に10年後の自分自身を描きます。どこにいますか? 誰と? 何を? どのようにしていますか?
次に描いた10年後の自分からバックキャストして、5年後の自分を同じように考えてみます。そのあと、考えてほしいのは、「さて、今年は何をどのようにしますか?」ということを書き出していきます(図2)。
4. ワークショップ:事業承継に向けての課題整理
以下4つのことを「今」と「将来」に分けて書き出してみます。例として、ひとつ図をつけておきます(図3)。①人間関係、後継者のこと:従業員、関係者、一族、子供、後継ぎは誰でしょうか?
②仕事のこと:受注、取引先、競争激化、単価、コスト。現代は未来が見えにくい時代です。
③お金のこと:返済、税金、相続、分配、どんなことでも心に引っかかることを書き出します。
④それ以外のこと:先送りしてきたこと、決められない、何となく、そのうちに。今がその時です!
5. ワークショップ:事業承継データシートをまとめていきましょう
①形のある資産はいくらですか?固定資産(土地):簿価は? 売ったらいくら?/固定資産(建物):簿価は? 売ったらいくら?
②負債はどれくらいありますか?
負債(借入金)/負債(未払い金):経営者から会社が借り入れた金額/負債(債務保証)
③目に見えない会社の価値
技術(モノづくりの仕組み)/お金が儲かる仕組み(ビジネスモデル)/人脈(仕入、外注、販売先)/ 従業員(ノウハウ、経験を持つ人、いないと困る人)/歴史と伝統(時の重さ)/ブランドと信用
6. ワークショップ:後継者会談のネタはできていますか?
現社長と次の社長は、公式の場で話し合いましょう。会社の大小ではなく、「あるべき姿」を目指して後継者を教育します。・現社長が伝えるべき一番大事なこと
・会社の強み、生き残ってきた秘訣とは?
・こだわって残すべきものは?
7. ワークショップ:後継者会議ではこんな会話ができていますか?
・会社のやりがい・楽しさを伝えていますか?(〇×△)・気が付いたことをその場で伝えていますか?(〇×△)
・ことあるごとに「あなたが経営者ならどうする?」と自覚を促していますか?(〇×△)
・阿吽の呼吸の完成度は?(〇×△)
8. ワークショップ:事業承継計画書
事業承継計画書の作成手順は以下となります(図4)。①情報収集/②一族の合意/③相続プラン/④引退日の決定/⑤ 事業承継計画の作成
9. 最後に
皆様と今回は「事業所の未来像を書いてみよう」編を見てまいりました。まずは今日の内容に沿って、ご自分の建築士事務所の未来像を考えてみてください。そして、経営者としての「心構え」がしっかりしていれば、確実に事業承継はできるはずです。
林 道夫(はやし・みちお)
継栄アドバイザー コンフォレスト代表、中小企業診断士、事業承継士、マンション管理士
伊藤 眞理子(いとう・まりこ)
一般社団法人湘南MIRAI承継 理事長、一般社団法人事業承継協会 神奈川県支部長、事業承継士
大手外資系コンサルティングファームにディレクターとして23年勤務
大手外資系コンサルティングファームにディレクターとして23年勤務