事業承継士が話す 事業承継のいろは 入門編
伊藤 眞理子(事業承継士、一般社団法人湘南MIRAI承継 理事長)
図1 事業承継をサポートする主な制度について(©2018 湘南MIRAI承継)
図2 事業承継にかかる準備(湘南MIRAI承継 セミナー資料)
図3 事業承継のメリット / デメリット(湘南MIRAI承継 セミナー資料)
はじめに
 去る令和3(2021)年4月23日に、セミナー「事業承継士が話す 事業承継のいろは 入門編」の講師を務めました。このセミナーは全4回コース「事業承継セミナー」の第1回です。事務所の今後を考える元となる内容であり、今後の経営への「心構え」を持つ場として企画・開催されました。
 第1回は「事業承継のいろは入門編」。まずは、日本における事業承継の現状を見ていきながら、事業承継活動の流れを理解していただきました。
なぜ、今、事業承継について考えるのか?
 「事業承継なんてまだまだ先の話」と考えておられる方、もしそう思っていたら、あなたの会社は危ないかもしれません。もしかすると、課題には感じているけど、対策は進んでいない。そういった方がいるかもしれません。
 中小企業庁が行った「中小企業者・小規模企業者の廃業に関するアンケート調査」(平成25/2013年)によると、廃業を決意した経営者の48%が、廃業の理由として「経営者の高齢化、健康の問題」を挙げている一方で、「事業の先行きに対する不安」を理由として挙げている人はたったの13%です。
 この数字から読み解けるのは、もっと早いうちに事業承継の準備をしていれば、廃業しなくて済んだかもしれない、ということです。
 早めの準備が必要とされている事業承継について、大事業承継時代を生き抜くために、今後、「自社として今・これから何をすればいいのか」について、まずは皆さん、じっくり考えてみるとよいでしょう。
データから読み解く事業承継の実態
 日本の企業は99.7%が中小企業です。また、日本の雇用の約7割を中小企業が支えています。
 「245万人」。これは何の数字でしょう? 2025年には、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業・小規模事業者の経営者の数です。うち約半数の127万人は後継者未定の経営者です。
 「22兆円」。これは何の数字でしょう? 2025年頃までの10年間累計で失われると推計される国内総生産(GDP)です。
 これらの数字からわかるように、国では総力をあげて対応せねばという思いから経産省中小企業庁から、平成29(2017)年7月に中小企業の事業承継に関する集中実施期間についての計画として「事業承継5ヶ年計画」が出されています。
一般的な中小企業での事業承継の考え方
 ひとつ目は「親族内承継」。ふたつ目は「親族外承継(従業員等)」。3つ目は「親族外承継(第三者)」があります。そもそも、事業承継が難しい場合は、最近では「黒字廃業」の形をとる場合も多いです。
 事業承継の基本的な流れは以下となります。
 まずは、「初回相談」を以下の方々にされることをお勧めします。
 公認会計士・税理士、弁護士、行政書士、親族・友人・知人、取引銀行、商工会議所、事業引継ぎ支援センター、M&A仲介会社、コンサルティング会社等。「初回相談」はいずれも無料で相談に乗ってくれます。ご自分が気兼ねなく相談できる先をよく選んだ上、連絡されるとよいかと思います。
 「初回相談」後は3つの流れに分かれます。①会社を残したい(親族内承継、社内承継、社内外承継)、②会社を売りたい(M&A)、③会社をたたみたい(黒字廃業、赤字廃業)。
 流れが見えた後は、それぞれ詳細な対策がありますので、その分野のスペシャリストと一緒に対応してゆきます。企業毎に抱える課題は千差万別です。対応するスペシャリストも変わってきます。
 なお、国からは事業承継をサポートするさまざまな制度が出ています。図1を参照下さい。
事業承継の現場から見えてくること
 まず、最初に皆さんが悩むのは「事業承継って何をするんだろう?」だと思います。次に悩むのは「誰に相談したらいいのかわからない」。次に悩むのは「私は自分の会社を残したいだろうか?」。そして、さらに悩むことは「会社の10年後を一緒に考えてくれる人はいるだろうか?」だと思います。
 図2をご覧ください。後継者の育成も考えると事業承継の準備には5~10年ほどかかります。われわれはお客様から「半年くらいで事業承継ってできますよね?」とよく聞かれます。これは、経営者が急逝した場合等の緊急事態には当てはまりますが、後継者の育成をしている暇はありませんし、そもそも先代から丁寧にきちんと社長業が引き渡されるわけではありません。相続に関しての問題、負債の問題、組織をどうするか? 戦略をどうするか? お客様との関係性はどうするか等々、問題は山積みです。
 「5~10年って長いなあ」と思われると思います。しかし、そんなことはありません。「後継者育成」に時間をかけることで、現経営者と後継者と社員が力を合わせて三つ巴で、「経営の見える化」、「経営の磨き上げ」をすることができます。
事業承継のメリット / デメリット(図3)
①親族内承継
【メリット】
・社内外の関係者から心情的に受け入れられやすい。
・後継者を早期に決定し、長期の準備期間を確保できる。
・所有と経営の分離を回避できる可能性が高い。
【デメリット】
・親族内に、経営能力と意欲がある者が居るとは限らない。
・相続人が複数いる場合、後継者の決定・経営権の集中が難しい。
【留意点】
・学校卒業後に他社に就職し、一定のポジションに就いている等の場合を含め、家業であっても、早めにアナウンスをして本人の了解を明示的にとりつける取り組みが必要。
②親族外承継(従業員等)
【メリット】
・親族内に後継者として適任者がいない場合でも、候補者を確保しやすい。
・業務に精通しているため、他の従業員などの理解を得やすい。
【デメリット】
・関係者から心情的に受け入れられにくい場合がある。
・後継者候補に株式取得等の資金力がない場合が多い。
・個人債務保証の引き継ぎ等の問題がある。
【留意点】
・従業員は経営リスクをとる覚悟で入社、就業してきておらず、白羽の矢を立てた幹部等従業員が経営者となる覚悟を得るためには、早めのアナウンスと本人の了解を明示的にとりつける取り組みが必要。
③親族外承継(第三者)
【メリット】
・身近に後継者として適任者がいない場合でも、広く候補者を外部に求めることができる。
・現オーナー経営者が会社売却の利益を獲得できる。
【デメリット】
・希望の条件(従業員の雇用、 価格等)を満たす買い手を見つけるのが困難。不成立を想定しておくことが必要。
・M&A後は事業の進め方、従業員雇用なども思い通りにはならない。
【留意点】
・会社内に後継者がいない場合、検討することを先延ばしにしてしまいがちですが、早めに近くの事業引継ぎ支援センター等の支援機関に相談しましょう。
後継者に承継する3つの要素
①人(経営)
 後継者の育成には5年~10年ほどかかることもあります。
・経営権/後継者の選定・育成/後継者との対話/後継者教育
②資産
 経営者の個人資産について会社との関係を整理する。
・株式/事業用資産(設備・不動産)/資金(運転資金・借入金等)/許認可
③知的資産
 目に見えない資産こそ、事業を支えている強みです。
・経営理念/経営者の信用/取引先との人脈/従業員の技術/ノウハウ/顧客情報
最後に
 皆様と今回は「事業承継の心構え」入門編を見てまいりました。引き続き「事業承継のいろは 法務編」をお伝えします。経営者としての「心構え」がしっかりしていれば、確実に事業承継はできるはずです。
伊藤 眞理子(いとう・まりこ)
一般社団法人湘南MIRAI承継 理事長、一般社団法人事業承継協会 神奈川県支部長、事業承継士
大手外資系コンサルティングファームにディレクターとして23年勤務
カテゴリー:その他の読み物
タグ:事業承継