聖蹟桜ケ丘の曳家
セカイ(北川 健太、横井 創馬、小野 志門)
第45回東京建築賞|リノベーション賞
建築主:
鈴木 靖四郎
設計:
セカイ(北川 健太、横井 創馬、小野 志門)/株式会社横井創馬建築設計事務所一級建築士事務所
施工:
セカイ(北川 健太)
所在地:
東京都多摩市
主要用途:
一戸建ての住宅
構造:
木造、一部鉄骨造
階数:
地上2階
敷地面積:
129.35㎡
建築面積:
51.7㎡
延床面積:
74.70㎡
工事期間:
2015年4月〜2016年3月
撮影:
鳥村 鋼一
設計趣旨:
 長い間過ごしてきた家族の器を、半分に切り分け、曳家したプロジェクトである。
 施主は、子育てを終えた夫婦である。昔5人家族を受け止めた住宅は、今の生活にはそぐわない。しかし、今まで過ごした家を急激に壊し、新築することにも違和感を覚えていた。動くことができない家は、家族や街の変化に対応できないが、それを理由に突然、戦力外通告するには長い時間を共にしすぎている。
 このプロジェクトは家族の呼吸、街の呼吸を読み取り、時間的な様変わり、家族の心情、記憶など、受け入れた上で、曳家という日本古来より存在する技法を、家族、親戚、街に住む近隣の人びとと共に祝祭の儀式として執り行った。曳家を行った住宅には、今まで部屋だった場所に中庭が生まれ、夫婦にとって1階で過ごし、息子夫婦や孫たちが頻繁に訪れる器へと生まれ変わっている。
 時間が経ち、また家族の呼吸、街の呼吸は変化していくことだろう。その時には、そこに立ち会った人びとが、家について考え、次の態度を考えていかなくてはならない。この作品は、その未来への余地を設計した作品である。 (セカイ)
北川 健太(きたがわ・けんた、写真右)
1983年 東京生まれ/日本大学理工学部建築学科(佐藤光彦研究室)卒業/2012年〜 セカイ共同主宰
横井 創馬(よこい・そうま、写真左)
1983年 東京生まれ/日本大学理工学部建築学科(佐藤光彦研究室)卒業/2012年〜 セカイ共同主宰
小野 志門(おの・しもん、写真中)
1983年 東京生まれ/日本大学理工学部建築学科(佐藤光彦研究室)卒業/2012年〜 セカイ共同主宰
選考評:
 5人家族がやがて子どもたちが巣立ち、夫婦ふたりだけとなる。現代の核家族では必然的に生じるこのような家族の変化に住宅はどのように対応できるのか、そのひとつの回答が示されている。
 既存住宅の外観はありきたりな建売住宅であり、部外者から見れば残す価値が高いとはいえない。家族数が半分以下となり、住み続ける夫婦も高齢化するわけだから、これを機にバリアフリー性能の高い平屋建ての小住宅に建て替えてしまおうと誰もが考えることだろう。
 しかし若い設計者たちは、家族(子ども世代も時折帰って来る)の記憶の拠りどころとしての古い家の価値を尊重し、住戸のほぼ中央で切断して片方だけ曳家して中庭をつくるというユニークな案を示した。軽量な日本の木造住宅では曳家という手法自体は珍しくないが、分断して一方のブロックだけを移動させるという事例は聞いたことがない。
 南庭スペースを曳家移動先として活用することで、中庭を取り囲む明るく豊かな空間が産み出されている。両ブロックを繋ぐ開放的な渡廊下と中庭空間は「住吉の長屋」を思わせる。
 限られた工事予算の中で設計者自らも施工を行い、DIY的に材料や工法を選択しながら完成に漕ぎつけたと聞く。厳しい条件が独創的なアイデアを産み、年老いた建築に新たな価値を付加してさらに寿命を延ばした幸福なケースといえるだろう。リノベーション賞に相応しい作品である。(宮原 浩輔)
宮原 浩輔(みやはら・こうすけ)
一般社団法人日本建築士事務所協会連合会理事、一般社団法人東京都建築士事務所協会常任理事
1956年鹿児島県生まれ/1981年東京工業大学建築学科卒業後、株式会社山田守建築事務所入社/現在、同代表取締役社長