合掌造りの民家
古民家から学ぶエコハウスの知恵②
丸谷 博男 一級建築士事務所(株)エーアンドエーセントラル代表/(一社)エコハウス研究会代表理事
白川郷の合掌集落。
古くから五箇山と呼ばれた南砺市南部の山間部(平、上平地域)に位置する相倉、菅沼の合掌造り集落は、1970(昭和45)年に文化財保護法に基づく国の史跡として指定されました。以来、この地域独特の風土のなかで発達してきた合掌造り家屋をはじめとする歴史的建築物・集落の空間構成と、そこに住まう人びとの風俗・慣習が一体となった、いわば「生きた史跡」として保護が図られてきました。1994(平成6)年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、1995(平成7)年12月には岐阜県白川村の荻町集落と共に、「白川郷・五箇山の合掌造り集落」としてユネスコの世界遺産に登録されました。その後、地域の人口減少や高齢化の進展、東海北陸自動車道の開通や8町村の合併による南砺市の発足など、世界遺産としての保護施策を取り巻く社会環境は大きく変化しています。
合掌造りと煙硝生産
 合掌造り、その起源は江戸時代中期からといわれています。はじめは寄棟式民家が多かったのですが、養蚕業や煙硝製造が盛んになり、合掌造の民家が増えていきました。それは、限られた土地のなかで空間の有効活用が図られた結果でした。1924(大正13)年には約300棟の合掌建物があったそうです。
 江戸時代加賀藩は、この五箇山に鉄砲の火薬の原料となる煙硝を極秘で製造させていました。その製造方法は、人尿を素材としていました。家の床下に穴を掘り、人の尿に麻、ヨモギ類の葉、乾いた土を積み重ね、それを5年以上寝かせると、硝酸カリウムが生成されるという原理なのです。こうして熟生した培養土を集めて紺屋灰を加え、灰汁煮、中煮、上煮の三段階の濃縮工程を経ると、純白の硝酸カリウムの結晶がようやく得られるのです。
 五箇山が煙硝生産の拠点になった理由は、材料にする植物の繁茂、湿気と腐敗を防ぐ高冷地の空気などの条件があったこと、さらに重要なことは山深い秘境の地であり秘密裏の生産が可能だったことです。加賀藩はこの地を厳重な監視の下に置き、その技術の秘匿につとめました。それは灰汁煮以下の3工程さえ、それぞれ別の村に分業させるという徹底した管理体制にもよく表れています。
 こうした国産の煙硝生産高は年々増大し、慶長(1586〜1615)年間には五箇山だけで年間1千貫の大台に達していたそうです。しかし、明治維新と共にその役は終焉を迎えることになります。
五箇山の合掌造民家。
急勾配の屋根がなぜ普及したのか
 合掌造りの屋根はおよそ勾配が55度から60度あります。家屋の中では、家内工業としての和紙漉き、煙硝づくり、養蚕が行われましたが、明治時代以降は、日本中の多くの民家がそうであったように、しだいに養蚕業のために家屋の大型化が図られていきました。屋根を急勾配にすることにより、屋根裏に2層から4層の空間を確保することが可能となり、豪雪への対策以外に養蚕業にとっても有効だったのです。1階は生活の場ですが、2〜4階はそれぞれ「した2階」、「うえ2階」、「そら2階」と呼ばれ、蚕室に使用されていました。他の地域のように年に2回蚕を育てることが白川郷や五箇山では気候的に難しく、春の遅れを生活で生まれる暖気によって補えるため、この断面が有効だったともいえます。屋根裏の床材には竹簀が利用され、煙などが屋根裏に抜けやすいようになっています。
 白川郷の合掌造り屋根は、妻を南北に向け、屋根面を東西に向けて配置されています。これには、以下の理由が考えられます。
 1. 屋根に満遍なく日が当たるようにして冬場の融雪と茅葺き屋根の乾燥を促進することができる、また夏場には西日を屋根面で受けることができるため、茅葺き屋根の気化熱作用により屋根裏を涼しく保つことができる。
 2. 集落は南北に細長い谷にあり、それぞれの方向から強い風が吹くので、風を受ける面積を少なくできる。
 3. 夏場は逆に屋根裏部屋の窓を開放し、南北からの風を通すことで、夏蚕を暑さから守る。
 4. 妻側からの採光と通風が各階で有効となるため作業しやすい。
参考資料「合掌造り民家はいかに生まれるか──白川郷・技術伝承の記録」
白川村教育委員会発行/民族文化研修所編集映像
合掌造りの構造、それは機能とDIYに由縁する
 合掌造りの大きな特色のひとつは、柱や桁、梁で構成される軸組部と叉首台(ウスバリと称する)から上の小屋組部が、構造的にも空間的にも明確に分離され、階上に柱のない広い空間が確保されていることです。これは、養蚕をはじめとする屋内作業に広いスペースを必要としたこと、また雪を落とすことなどに起因していると考えられます。
 間取りは四間取りを基本とし、規模の大きいものでは六間取りとなり、梁間の小さい家屋には広間型三間取りのものも見られます。
 また、規模の大きい家では、オエ(居室)とデエ(広間)にチョウナバリを使い、柱のない広い空間をつくり出していることも合掌造り家屋の大きな特色となっています。
 また、土間や居室では、天井を設けずに軸組部の空間が小屋組部まで吹き抜けとなっていて、下から小屋組と屋根裏が見えるものが一般的な民家ですが、合掌造りでは、下屋を除く主軸部の上部は桁と梁で一旦、平坦に組み上げられ、その上に叉首台を置き並べて叉首を組む構造となっています。つまり軸組部と小屋組は構造的に明確に分離されているのです。また、土間の上部や居室の上部を吹き抜けにすることもないのです。
 この軸組部と小屋組部の構造的な分離は、合掌造りの建築方法に起因しています。この地方では、軸組部は専門的な技術を持った大工の仕事で行いますが、礎石の据え付けと小屋組部と屋根の材料の確保、加工、組み立て、葺き上げは、住民自らによる「ユイ」で行われるのです。したがって、軸組部の部材は台鉋等によって丁寧に仕上げられ、多種の仕口や継手によって組み立てられるのですが、小屋組と屋根は、丸太材のままか斧や手斧による粗い仕上げとなり、部材の組み立ても稲縄やマンサクの木や蔓のようなもので結ぶだけとなっているのです。考えてみると、縄文時代からの工法と変わりないものがあり1万年の人間の工夫の歴史、つまりDIYの歴史が連綿と繋がっていることに感動をおぼえないではいられません。
 参考資料:「南砺市五箇山 世界遺産マスタープラン」
白川郷大杉鶴平家
引用資料:花岡利昌「伝統民家の生態学」海青社
合掌屋根(13/10)と勾配屋根(4/10)の月別日射受熱量
(棟の方位は南北軸で共通)
大杉家の夏の室温変動(8月29日快晴)
大杉家の冬の室温変動(3月25日快晴)
大杉家の冬の室温変動(3月17日雨)
合掌造りの温熱環境──気化熱で夏涼しく
 民家の温熱調査では第一人者と考える花岡利昌博士の調査記録から、合掌造り建築の温熱性能を検証してみましょう。
 ・南北棟軸の配置が生み出した日射熱の有効利用
 上図「合掌屋根(13/10)と勾配屋根(4/10)の月別日射受熱量」によって明らかに理解できることがあります。それは、晴天日には、春・秋において室温は外気温に比べて高く、夏は逆に外気温に比べて低くなっています。階層別に見ると、どの季節も1階が低く(ただし火気のある台所とうすなわは別として)上層ほど高くなっています。
 室温そのものの高さは、もちろん夏季が高く、春・秋は低いのですが、外気温に比べて夏季に低く、春・秋に高いことは、住み手の「合掌造りは夏涼しく、春・秋は暖かい」という体感とよく一致しており、図「大杉家の夏・冬の室温変動」の室温変動曲線はこの事実を物語っているのです。
 このように夏涼しく、春・秋に暖かいのは、春蚕、夏蚕そして秋蚕と3季とも蚕を飼育していた往時の白川の人たちにとってはきわめて好都合であったと考えられます。
 こうした現象がなぜ生じるのでしょうか。いちばん大きい理由は、屋根面の日射取得量です。南北棟軸(妻面が南北、屋根面が東西=白川郷の合掌造り)と、東西棟軸とでは1年間を通して大きく異なります。南北棟軸の場合には、夏の屋根面の日射取得量が少ないのに、東西棟軸ではたいへん大きくなります。そして、合掌造りは茅葺きのため、取得した日射はそのまま室内に入ることなく、茅の気化熱効果(茅に含まれる水分が蒸発し屋根面を冷却する効果)があるため、東西面の日射取得がそのまま屋根裏の熱負荷になず、むしろ冷却しているのです。その結果、夏に涼しさをもたらしているのです。
 現代工法の高気密高断熱住宅では、一度入った熱は逃げることができず、結果は屋根裏が暑くなってしまいます。それは屋根面を防水しているために、日射はそのまま室内の熱負荷となってしまっているということなのです。残念ながら自然の恵みである気化熱を活用していないのが、現代の建築技術なのです。自然力を最大に活用する知恵はとても重要なことです。
 参考資料:『伝統民家の生態学』花岡利昌、1991年、海青社刊
合掌造り住宅の知恵が現代住宅を変える
 屋根は雨が漏らないように防水し、外壁も極力防水した方が腐りやカビ対策に都合がいい。そのようなことから、建材各社は完璧な防水性を競い合っています。そして、その努力とは裏腹に、屋根や外壁の温度上昇を招いてしまっているのです。その結果は壁体内の湿気の上昇を招き、室内には熱負荷を増大させています。昔の人びとの知恵は感嘆に値します。
 さて、感動してばかりではいけません。この知恵を継承し、現代住宅に役立てなければなりません。実現可能な方法を以下に掲げます。
 デンマークやオランダでは現在でも草葺き屋根が新築住宅でも使われていますが、建築基準法もあり、さらに茅葺き屋根の維持管理はあまりにも難しいので、土を載せた屋上緑化が最良の方法と思います。これなら、充分に気化熱作用を利用できます。そしてその防水方法は、シート防水でもなく、FRP防水でもなく、不燃で耐震性のある、さらにメンテナンスが可能な金属防水を推奨しています。
 屋根には、もうひとつの方法があります。それは水分を吸水する素焼きの瓦屋根です。さらに有効なのは土葺きです。この土が夜間に吸い込んだ湿気を昼間になると蒸発させ、室内への熱伝達を遮蔽することができるからです。
 家の配置計画は、かなり根本的な方法です。屋根面で、太陽光発電や、空気集熱、水集熱を活用する場合には、棟を東西軸にした方が有効ですが、そうでない場合には、合掌造りのように棟を南北軸にすることが有効になります。
丸谷 博男(まるや・ひろお)
建築家、 一級建築士事務所(株)エーアンドエーセントラル代表、一般社団法人エコハウス研究会代表理事、東京藝術大学非常勤講師
1948年 山梨県生まれ/1972年 東京藝術大学美術学部建築科卒業/1974年 同大学院修了、奥村昭雄先生の研究室・アトリエにおいて家具と建築の設計を学ぶ/1983年 一級建築士事務所(株)エーアンドエーセントラル arts and architecture 設立/2013年一般社団法人エコハウス研究会設立