債権法改正が建築士事務所業務に及ぼす影響について
相川 泰男(弁護士、相川法律事務所)
■1 民法の債権法分野が大改正され、令和2年4月1日から施行されました。
 「民法」とは、市民生活における市民相互の関係を規律する一般的な法律で、今から遡るところ、123年前の明治29(1896)年に、フランス民法典を模範として制定されたもので、総則、物権、債権、親族、相続の5つの編から成り立っています。このうち、「債権法」というのは、債権の発生の主たる原因は契約ですから、その中核は契約法ということになり、民法では13の契約の類型(典型契約)について規定しています。
 建築士事務所の皆様も、事務所開設のために事務所を賃借(賃貸借契約)、銀行からの融資(消費貸借契約)、事務用品の購入(売買契約)、スタッフの雇用(雇用契約)、設計契約の締結(請負契約・準委任契約)など、日常的にさまざまな契約を締結されています。「債権法」は、このような契約に関する基本的な決まりや、不法行為(たとえば交通事故など)も含めた請求権に関する分野を規律しています。
 この「債権法」は、これまでほとんど改正されずに使われてきましたが、約120年もの時を経て、平成29(2017)年5月26日に大改正がされ、令和2(2020)年4月1日から施行されています(以下、改正前の民法を「旧法」とし、改正後の民法を「新法」と呼びます)。
■2 なぜ「債権法」が改正されたのでしょうか。
 民法は、約120年前の明治時代に制定されましたが、現代は明治時代と社会・経済状況が大きく変化しています。そこで、現代の社会・経済情勢に合わせた改正をする必要がありました。
 また、120年前の民法が現在まで通用してこれたのも、最高裁判所の判例や学説によって示された解釈によって柔軟に対応をしていたためで、日本の民法は条文を見ても一義的に判断し難いと言われていたことから、この判例や学説の議論で蓄積された条文解釈を明文化することが求められていました。
 このように、①現代の社会・経済情勢の変化への対応を図り、②判例や学説の議論で蓄積された条文解釈を明らかにして国民に分かりやすい民法にするという観点から、債権法が大改正されたのです。
■3 建築士事務所業務において留意すべき債権法改正の「勘所」は以下の通りです。
 債権法の改正箇所は多岐にわたるものですが、建築士事務所の皆様が業務をするにあたって、特に留意すべき「勘所」は以下の3つといえるでしょう。

①民法から「瑕疵」の概念がなくなり、「契約不適合」という概念に変更されたこと。
 請負の瑕疵担保責任がなくなり、売買と同一の一般の契約不適合責任の規律に統一されたこと。
②委任契約の報酬について、「履行割合型」と「成果完成型」の2つの類型に分けられ、「成果完成型」については請負契約の報酬支払いの規定が準用されたこと。
 委任契約が中途終了した場合に、受任者側に帰責事由があるときでも、既履行分の業務報酬の請求が認められるようになったこと。
③消滅時効制度についても抜本的な改正がなされ、旧法における工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権の短期消滅時効(3年)は廃止されたこと。

 この3つの要点について、以下で少し詳しく説明していきます。
■4 民法から「瑕疵担保責任」という文言が消え、「契約不適合責任」へ改められました。
(1)旧法では、売買などの有償契約に適用される瑕疵担保責任に加えて、請負の瑕疵担保責任(旧法634条)が規定されていましたが、新法では「瑕疵」という概念から「契約不適合」という概念に改められた上、売買の契約不適合責任の規定に統一され、請負にも準用されることになりました。

(2)「瑕疵」とは、目的物が通常有すべき性質・状態を欠いていること(客観的瑕疵)又は契約上定められた内容に反した性質・状態にあること(主観的瑕疵)をいいますが、皆様の感覚としては目的物の(客観的)欠陥という意味合いの方がしっくりくるのではないでしょうか。
 他方、新法の「契約不適合」とは、目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないことを指します。つまり、不適合性判断に際しては「契約の内容」に着目するため、契約当事者がどのような想定・内容で契約したかという主観的要素がより重視されることになり、契約の動機・目的や契約締結に至る経緯等も斟酌されることになります。
 そこで、新法下では、将来的な紛争リスクも見据えて、契約締結に至るまでの交渉録や議事録の作成、メールのやり取り等の記録の保管、契約内容の精緻化に努め、当事者が契約で実現しようとした意図を明確にしておく必要があります。

(3)ところで、旧法の請負の瑕疵担保責任では、①修補請求権、②損害賠償請求権、③契約解除権が認められていましたが、新法の契約不適合責任に統一された結果、これらの権利に加えて、④代金減額請求権も認められることになりました。
 代金減額請求権とは、注文者が請負人に対し、契約の不適合の程度に応じて請負代金等の減額を請求できるという権利であり、言わば「ミスがある部分に対応して代金を値下げして!」と請求できる権利です。代金減額請求権は注文者側に帰責事由(落ち度)がある場合には請求できませんが、契約不適合について請負人側に帰責事由がなくても減額請求が可能です。そこで、民法の規定は原則として任意規定ですので、今後は、代金減額請求が認められる要件として、契約不適合について請負人側に帰責事由が必要であると契約書に明記する等の実務対応が求められます。

(4)また、旧法下の請負契約では、仕事の完成後は「契約をした目的を達することができないとき」に解除が認められていましたが(旧法635条本文)、建物その他の工作物の請負契約については、完成後は瑕疵担保責任を根拠に解除はできないとされていました(旧法635条但書)。建物や工作物の完成後に安易に解除すると、建物等が破壊されて社会的損失になること、請負人にとって過酷な結果になると考えられていたからです。もっとも判例では、建築請負契約における建替相当の瑕疵がある場合に建替費用相当額の損害賠償を認めていて(最判平成14年9月24日判時1801号77頁)、この判例によれば、実質的に建築請負契約の解除を認めたのと等しいことになると指摘されていました。このような背景もあり、新法下では建築等の請負契約であっても契約不適合を理由に解除することを認めています(新法564条、541条、542条)。ただし、契約不適合が軽微な場合には解除が認められないため、契約不適合を理由に無制限に解除が認められるわけではありません(新法541条但書)。

(5)次に、契約不適合責任の権利行使期間についても確認しておきましょう。
 旧法の請負の瑕疵担保責任においては、①仕事の目的物を引き渡した時(客観的起算点)から1年以内に、②瑕疵修補・損害賠償請求権及び解除権の行使をすることが求められていました(旧法637条1項)。しかも、注文者は、目的物の引渡しを受けてから1年以内に、具体的に瑕疵の内容を特定して請求・権利行使をし、損害賠償請求の場合には損害額の根拠まで示す必要があると解釈されており、このような対応を注文者に強いることは酷であると指摘されていました。
 そこで新法においては、①注文者が契約不適合を知った時(主観的起算点)から1年以内に、②不適合を通知することだけで、権利が保全されると改めました(新法637条1項)。つまり、注文者は、不適合を気付いてから1年以内に、不適合の大体の内容と範囲を請負人に通知すれば良いとしたのです。このような新法の規律は、旧法下よりも請負人に対する責任追及を容易にさせるものであり注意が必要です。
 そこで、今後は契約書において、権利行使の始期を特定して期間を限定するという請負人側のニーズと、不適合通知制度による権利行使要件の緩和という新法の規律との調和の観点から、たとえば、①契約不適合責任の権利行使期間を引渡しから2年程度に限定し、②当該権利行使期間内に契約不適合を知り、その旨を請負人に通知のみをした場合で、注文者が通知から1年経過する日までに権利行使したときは、当該権利行使期間を過ぎていた場合でも権利行使として認められるとの特約を設けることも考えられます(もっとも、消費者契約法に抵触しないように留意する必要があります)。
 なお、住宅品質確保の促進等に関する法律(いわゆる「品確法」)に基づき建物の構造耐力上主要な部分にかかわる瑕疵及び雨水の侵入を防止する部分の瑕疵は、引渡しから10年間は担保責任が追及できるとされていますが(品確法94条)、新法下では、品確法94条の構造耐力上の瑕疵担保責任についても、契約不適合(瑕疵)を知ってから1年以内に不適合(瑕疵)の存在について通知をしなければ失権することになります(品確法94条3項。品確法では「瑕疵」という文言は維持されています)。
■5 委任契約の中途終了の場合に、受任者に帰責事由があっても報酬請求できるようになりました。
(1)旧法下では、委任契約が中途終了したときで、受任者の責めに帰することができない事由による場合には、受任者による既履行分の割合に応じた報酬請求を認めていました(旧法648条3項)。他方、請負契約の報酬請求のためには仕事の完成を要し(旧法632条、633条)、仕事の完成前の中途終了の場合の報酬請求については明文規定がないものの、判例は、工事請負契約について、①工事が可分であり、②その可分の部分について注文者が利益を受ける場合には、既施工部分の出来高の報酬請求を認めていました(最判昭和56年2月17日判タ438号91頁)。
 そこで新法では、当該判例の理解を採用し、請負契約の中途終了の場合でも、①請負人の既にした仕事の結果が可分であり、②その可分の部分について注文者が利益を受けるときは、注文者が利益を受ける割合に応じて報酬請求ができることを明文化しました(新法634条)。なおこの場合、請負人に帰責事由がある場合でも請求が認められることになります。

(2)さらに新法は委任契約について、①事務処理の労務に対して報酬が支払われる「履行割合型」、②委任事務の履行により得られる成果に対して報酬が支払われる「成果完成型」の2つに分類し、「成果完成型」の委任契約は請負契約に類似するため、請負契約の中途終了における報酬請求の規定を準用することにしています(新法648条の2第2項)。この点、設計契約は業務として設計図書等の作成という成果が求められることに鑑みれば、新法下においては成果完成型の委任契約として解釈される可能性が高く、中途終了時には新法634条の請負の規律が適用されるケースが多くなると想定されます。

 そして、「履行割合型」の委任契約については、中途終了時に既履行分の報酬を請求できることは旧法下と変わりないものの、新法においては、受任者に帰責事由がある場合でも報酬請求が認められることになりました(新法648条3項第1号)。つまり、旧法下では、委任者が「受任者のせいで委任契約が中途終了したので、既履行分の報酬は払う必要はない」と報酬の支払いを拒絶するケースがありましたが、新法下では受任者は自身に帰責事由がある場合でも報酬請求が可能であるため、委任者のこのような主張は認められないことになります(ただし、受任者の帰責事由による中途終了で委任者に損害が生じている場合には、別途損害賠償義務を負います)。したがって、新法下では、成果完成型・履行割合型のいずれの場合であっても、中途終了時の報酬請求に関して受任者の帰責事由の有無を問わないことになり、当該新法の規律は実務においても少なからぬ影響を与えます。
■6 短期消滅時効が廃止されました。
 旧法下では、「工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権」の消滅時効は、一般的な債権の消滅時効(10年)より短期の3年とされていました(旧法170条2号)。しかしながら新法では、3年の短期消滅時効は廃止され、一般的な消滅時効期間が適用されることになります。
 そして、一般的な消滅時効期間については、旧法下では、権利を行使することができる時から10年(客観的起算点)とされていましたが(旧法167条1項)、新法ではこの規律を維持しつつも(新法166条1項第2号)、権利を行使することができることを知った時から5年間行使しない場合(主観的起算点)にも債権が消滅するとしました(新法166条1項第1号)。
  そこで、主観的起算点からの消滅時効の進行が新設されたことにより、契約不適合責任を追及する場合には、不適合を知った時点から1年以内に通知をする必要があり(新法637条1項)、なおかつ、その不適合を知った時点から、原則として5年の消滅時効期間内に権利行使する必要があります。
■7 その他にも重要な改正点があります。
 その他の改正事項についても、若干言及しておきます。
 まず、民事法定利率が年5%であったところを(旧法404条)、新法では年3%に改正され、今後は3年に一度、1%刻みで変動していくことになります(新法404条2項、3項)。
 また、譲渡禁止特約付きの債権について、原則として債権譲渡が可能であると改めたことから(新法466条2項)、資金調達を目的とした報酬債権の譲渡の途が開かれました。
 さらに、保証契約に関して、悲惨な結果を招きかねない個人保証を制限・限定する方向での改正がなされています。これまでも、保証契約について書面締結を義務化し、あるいは融資についての根保証は極度額の定めを必要とする改正がなされてきましたが、今般の改正で、①極度額の定めは融資に限らず個人根保証契約全般に拡張されましたし、②事業資金の融資について第三者保証をとる場合には、公正証書による保証意思の確認が必要となりました。また、③保証人に対する3つの情報提供義務が定められたことも重要な改正点といえるでしょう。
■8 ぜひ契約書を見直してみて下さい。
 新法における「瑕疵」から「契約不適合」への変更が象徴するように、新法下における債権法の運用において、契約の動機・目的や契約締結に至る経緯も踏まえた契約内容の探求が、いっそう重要視されることになります。したがって、新法下では旧法下にまして、契約内容を「契約書」の形で明確にすることが重要になり、契約目的の明記及び契約書の条項をより精緻化する努力も必要になります。
 具体的には、①業務内容の詳細を委託契約書等に明記して業務内容を特定すること、②報酬について業務毎に額を定めるとともに、「前払い」、「出来高払い」等の段階的な支払いについて具体的に規定すること、③業務内容及び具体的な工程を明示した上で、業務の進捗度合いに応じて報酬額・算定基準を設定し、中途で終了した出来高部分の報酬額を支払うよう明記すること、④損害賠償の範囲や基準について明記することなどの対応が求められます。
 平成26(2014)年の建築士法の改正により、延べ面積300平方メートルを超える建築物について、法定事項を記載した書面による契約締結が義務化されたように(建築士法22条の3の3)、まさに、建築士事務所の皆様におかれましても、契約書の作成・締結は社会的に要請されています。
 新法の施行を機会に、普段使用されている契約書を見直してみてはいかがでしょうか。
相川 泰男(あいかわ・やすお)
弁護士、相川法律事務所
1980年 早稲田大学法学部卒業/1980年 東京地方裁判所勤務/1989年 弁護士登録(東京弁護土会所属)/1993年 相川法律事務所開設/2013~14年 東京弁護士会副会長/事業会社の取締役、監査役、法人の理事、監事等多数就任
カテゴリー:建築法規 / 行政