天井耐震改修の実際:調査編
港区の特定天井等の耐震化への取り組み
加藤 峯男((一社)港区建築設計事務所協会 技術担当理事)
インターネット上に公開されている被災状況。
はじめに
 2011(平成23)年3月11日に発生した「東北地方太平洋沖地震」(東日本大震災)では、倒壊は免れたものの、冒頭の写真に見るように音楽ホール、集会施設、体育館等の多くの大規模空間において天井等が落下し、甚大な人的・物的被害が発生しました。特に「九段会館」では脱落した天井材の下敷きになって死傷者が出るまでの被害が出たことは記憶に新しいことと思います。
 また、地域住民の応急避難場所に指定されていた多くの学校施設で、天井材等の「非構造部材」が落下して児童生徒が怪我をしただけでなく、避難場所として使用できなくなってしまったことから、改めて「非構造部材の耐震対策の重要性」が認識されました。特に致命的な事故となりかねない体育館等の天井等については、落下防止対策を早急に講じなければならないことが浮き彫りになりました。
 港区は、このことに鑑み、港区有施設である体育館、集会施設、音楽ホール等で、地震時に天井等が落下した場合に人びとに危険を及ぼすおそれのある箇所について落下防止措置や恒久的な耐震化対策を講ずることが急務と考え、区有施設の現状において、「国土交通省告示771号」(以降「告示771号」)が規定する「高さ6mを超え、水平投影面積が200m2を超える天井、及びそれらに類する天井」(以降「特定天井等」)を特定し、耐震化改修工事を実施することにしました。
 港区は、これを「平成27〜32年度港区基本計画」での優先的・重点的に取り組むべき課題のひとつとして掲げて事業化し、天井等の耐震化改修が必要と思われる施設について、事業の初年度(2015/平成27年度)から順次工事に着手しており、事業終了年度(2020/平成32年度)にはすべての工事を終えることを目標にしています。
 私たち一般社団法人港区建築設計事務所協会(以降「港区設計協会」)は、事業立ち上げ前の調査の段階から関わり、基本計画の策定、実施設計、工事監理等の各業務等について事業を下支えする一員として参画しています。
 その初年度工事「港区立麻布小学校外5校特定天井等耐震化改修工事」が10月に完了をみました。まだ初年度工事を終えたばかりの段階ですが、この取り組みにおいて港区が行ったさまざまな課題に対する検討や解決の仕方が、同様の取り組みをされている建築士事務所のみなさんの一助になるのではないかと思い、その情報公開について所管課である港区施設課にお願いしたところ、承諾をいただきましたので、これまでに上がった成果の一部をご紹介したいと思います。
構造部材と非構造部材の被害状況の対比
 東日本大震災において、「非構造部材」の落下被害が多かったことに比べて、地震の規模がマグニチュード9.0と発生時点において日本周辺における観測史上最大の地震であったにもかかわらず、この地震によって引き起こされた津波による被害を除くと、地震動そのものによる建築物等の「構造部材」の被害は取り立てて目立つものがありませんでした。
 このことは、1981(昭和56)年6月1日の「新耐震設計法」(建築基準法改正施行令)の施行後30年が経過してこの法に基づき建築された建築物が街に立ち並ぶようになったことによる成果の表れであり、大地震に対するその有効性を改めて実証するかたちとなりました。
 また、この同じ建築物における「構造部材」と「非構造部材」の対照的な被災状況は、「構造部材」については「新耐震設計法」が適用され法に基づく耐震対策が施されていたのに対して、天井等の「非構造部材」についてはこれまで適用対象として取り扱われず、地震時における十分な配慮が払われず建築されていたことを如実に物語ることになりました。
国の特定天井等の耐震化への取り組み
 震災後最初に非構造部材の耐震化に向けて具体的な行動を起こしたのは、被害件数が特に多かった学校施設を所管する文部科学省です。文部科学省は、東日本大震災の翌年の2012(平成24)年11月には、全国の学校設置者に対して「屋内運動場、武道場、講堂等の大規模空間をもつ施設」(以降「屋内運動場等」)の吊り天井、照明器具、バスケットゴールなどのすべてについて、「総点検」と天井撤去や補強などの「天井等落下防止対策」を実施し、公立学校施設においては、「屋内運動場等の天井等」に対する点検を、可能な限り2013(平成25)年度中に「総点検」の完了を目指すと共に、「天井等落下防止対策」については、2015(平成27)年度までの完了を目指して取り組むよう要請しました。
 一方で、この天井等の落下防止対策を技術面で支えたのが国土交通省です。2013(平成25)年7月12日に、地震時における天井脱落防止対策の技術基準として、「建築物の天井脱落防止対策及びエレベーター等の脱落防止対策に係る建築基準法施行令の一部改正に関する政令」を公布すると共に、同8月5日にその詳細を規定した「特定天井及び特定天井の構造耐力上安全な構法を定める件」(告示771号)を公布(施行は2014年/平成26年4月1日)しました。
「特定天井」とは
 ここまで「特定天井」という言葉の意味を詳らかにしないまま稿を進めてきましたが、このままでは国がいったいどういった天井を地震時に脱落の危険性があると見做しているのか理解できないと思います。ここで、この言葉の定義を明確にしておきます。
 「特定天井」という言葉は、告示771号に規定された用語です。意味合いは「大規模空間の吊り天井」と同義語と考えていいでしょう。吊り天井は、地震時に吊りボルトの根元を支点にして揺れるため、吊りボルトが破断したり天井と壁がぶつかり合ったりして損壊・脱落するおそれが高い天井です。そのため地震時に人的・物的被害が生じやすい天井の部分として、新築工事を行う際には特に、告示771号基準に基づく天井脱落防止対策を講ずることが義務付けられています。
 具体的には、吊り天井の部分であって、次の各号のいずれにも該当する天井を指します(図❶参照)。

1. 居室、廊下その他の人が日常立ち入る場所に設けられるもの。
2. 高さが6mを超える天井の部分で、水平投影面積が200m2を超える部分を含むもの。
3. 天井面構成部材等の1m2当たりの平均質量が2kgを超えるもの。
図❶ 特定天井の模式図 (筆者作成)
告示771号の仕様ルート基準
 既存建築物の特定天井等の耐震化改修工事を計画する場合、顧客が保有または管理する施設のどの天井が地震時に脱落の危険性があるのかを見つけ出し、それがどの程度危険性をもっているのかを診断し、その上で施設の用途や構造特性に合った天井改修工法を選定し、地震時にも安全で安心できる天井につくり替えなければなりません。
 告示771号基準は、新築工事のみに適用され、既存建築物については「既存不適格扱い」でその適用から逃れられます。しかし、施設使用者の安全確保の観点から見れば、新築の建築物と対応はなんら変わりはありません。既存建築物の天井改修工事においても、少なくとも告示771号が要求している耐震性能を確保するよう努めなければならないと思います。
 告示771号基準に基づく「耐震天井」を設計する場合、安全検証の方法として、仕様ルート(図❷)、計算ルート、大臣認定ルートの3つのルートがあります。
 最終的にどのルートによる安全検証法を採用するにしても、設計者が「どういった天井が安全で、どういった天井が安全でないか」を判断する目をもっていなければ、危険な天井を抽出することも、安全な天井を設計することもままなりません。設計者にとって大切で有用な視点を提供してくれるのが、上記に示した「特定天井の定義」と「仕様ルート基準」に凝縮されている「地震時に安全な天井」の考え方です。
 このふたつの規定は、国が要求する「地震時に脱落するおそれが少ない天井を設計するに当たって配慮すべき事項」を私たち設計者に非常に分かりやすいかたちと仕様で提示してくれていますので、設計の方向を決めるときの羅針盤代わりに使ってみてください。
図❷ 告示771号「仕様ルート」の11の規定。(「天井脱落対策に係る技術基準の概要」http://www.mlit.go.jp/common/001009501.pdfより)
耐震化対象施設の抽出と耐震化状況調査
 港区は、2012(平成24)年11月の文部科学省の要請を受けて、教育施設の運営を所管する学務課が、既存の区立の小・中学校の中から天井等の耐震化改修工事の対象となるであろう27施設、67部屋を抽出し、耐震化状況調査を行いました。
 また、2013(平成25)年には区有施設の所管課である施設課が、小・中学校を除く区有施設の中から「特定天井」をもつであろう18施設、24部屋を抽出し、耐震化状況調査を行いました。これを下支えしたのが港区設計協会です。
 港区設計協会は、港区が毎年実施する「建築基準法第12条の規定に基づく区有施設の定期調査」(以降「12条調査」)において、施設ごとに担当建築士事務所を決め、担当した施設の特性や各部位の性能や防災上のあり方まで熟知した者が調査・検査を行うようにしています。そうした方法をとることによって、施設の単なる経年劣化だけでなく、運用が不適切なところについても目を光らせ、是正・改善・修繕等の工事が必要な箇所については早急に処置するよう情報を提供し、それらがいつまでも放置されることのないよう、安全・安心な区有施設の維持・運営に寄与する活動を行っています。そのため、各調査・検査担当技術者が、各区有施設の掛かりつけの主治医「ハウス・ドクター」のような存在になっています。
 こうした港区独特のハウス・ドクターによる区有施設の監視体制が、特定天井の抽出と耐震化状況調査でも活きました。つまり各施設で12条調査を行った同じ会員建築士事務所が耐震化状況調査を行うことにより、迅速かつ的確な調査結果が得られました。
 これらの活動が評価されたのでしょう。2014(平成26)年4月に、港区設計協会に「港区有施設特定天井等耐震化改修工事基本計画業務委託」の話が舞い込みました。
基本計画スタート
 基本計画のスタートが、2014(平成26)年4月1日の告示771号の施行とほぼ同時期でした。そのため、私たち自身がこの新しい法律をまだ知悉している状態ではありませんでした。この新しい法律を充足する改修工法が世の中に存在するのかと危惧するほど、周りに頼りになる事例もありません。どういった手順を踏んで検討をしていったら、手に余るほどの数の区有施設の中から耐震化改修工事が必要な施設を見つけ出し、その施設の用途や構造特性に合った適切な改修工法を見つけられるか、その糸口すら見えない不安いっぱいの船出でした。たぶん港区担当者もそうだったと思います。
 そんな状態でしたので、私たちだけでなく港区担当者も含めて、非構造部材の脱落防止対策のことを研究されている東京大学生産技術研究所の川口(健一)研究室のセミナーに参加したり、この法律に準拠した製品を既に出している天井下地メーカーの工場見学に行ったりして、まさに飢えた子どもが食べ物をむさぼるように、地震時における天井等の脱落防止対策に関する情報の収集に努めました。まさに勉強しながらの基本計画の策定になりました。
検討委員会
 基本計画の策定にあたり、港区は、この事業を検討するための「検討委員会」を立ち上げました。委員会の構成メンバーは、区有施設の管理を所管する施設課、教育施設の運営を所管する学務課並びに港区設計協会のこのプロジェクト担当者です。委員会の目的は、事業の目標達成のために乗り越えなければならない課題に構成メンバーが一緒に立ち向かい、検討し、解決策を見つけていくことでした。基本計画の業務期間中は、2014(平成26)年4月から12月までほぼ月2回ペースで委員会を開催しました。この委員会で検討した主な課題は次のようなものでした。

 1. 改修工事の品質目標をどう設定するか
 2. 各施設にどのような改修工法の選択肢があるのか
 3. 各施設でどの改修工法で工事を行うのが望ましいか
 4. 各施設でいくつかの改修工法を選択した場合、各工法はどのくらい改修工事費と改修工期がかかるのか
 5. 各施設をどの順番で改修工事を実施していったらよいか

 検討委員会は、基本計画業務段階だけでなく、年度ごとに順次行う各施設の実施設計業務段階においても設けています。そこでは各業務段階や、各施設の用途や構造特性に即した課題解決に向けた検討を行っています。
改修対象施設の抽出調査の見直し
 基本計画業務で私たちが最初に行ったことは、「平成24年学務課調査報告書」および「平成25年施設課調査報告書」の見直しでした。理由は、これらの調査が告示771号の公布前の実施であったことから、調査に仕様ルート基準の目線を欠いていました。そのため、報告書で抽出されていた施設の現状の天井が、どの程度告示771号の仕様ルート基準を充足するものになっているか確認できませんでした。そのため、両調査で抽出された全物件について、竣工図と現地調査で告示771号の仕様ルート基準目線による見直しを行いました。
 また、その調査においては、天井部分について見直しをするだけでなく、天井や壁の高所に取り付けられていて地震時に落下すれば危害を及ぼすおそれのある照明器具、バスケットゴール、設備機器、ぶどう棚等についても、落下防止措置や耐震化改修が必要と思われる箇所を抽出しました。それを「特定天井等」の部分に含め改修工事対象とすることにしました。
改修工法の選択肢の検討
 次に行ったことは、改修工法の選択肢の抽出です。素直に考えれば、改修対象施設の天井を「告示771号の仕様ルート基準に基づく改修工法」(以降「建築基準法充足工法」)で行うことが最も適切です。その採用の可能性を探るため、改修対象施設のひとつ「港区立青山小学校体育館」をモデルに検証してみることにしました。これは、他の施設の抽出調査の見直しの際に適用するチェックポイントを確認することも兼ねていました。それは、「改修対象施設の現状の天井が、仕様ルート基準11規定のどの規定を充足しているか」をチェックすることでした。(図❸「基本計画チェックシート」を参照)
図❸-1 基本計画チェックシート1/2(筆者作成)
図❸-2 基本計画チェックシート2/2(筆者作成)
 実際に青山小学校体育館の天井裏に上り調査をしたところ、次のことが判明しました。

 1. 現状の天井懐内には、鉄骨梁のほか、キャットウォーク、換気ダクト等があって、「⑨V字状の斜め部材の釣り合い良い配置」が難しい。
 2. 現状の天井がALC版(屋根床版)から吊られているため、「③支持構造部は、十分な剛性及び強度を有し、構造耐力上主要な部分に緊結すること」が難しい。
 3. そのほか充足できない規定があり、仕様ルート基準11規定全てを充足することが難しい。
仕様ルート基準による天井改修の難しさ
 さらにその他の施設の抽出調査の見直しを行ったところ、特に⑨の規定については、この工法を採用した場合、大半の施設において、天井裏に既に設置されているキャットウォークや換気ダクト等が障害となって、「建築基準法充足工法」による改修が難しいことが判明しました。
 つまり、仕様ルート基準による工事は、新築計画の場合には、天井裏に設置される構造部材、ダクト、照明器具、配管等を避けてV字ブレースが釣り合い良く配置できるよう調整ができますが、既存の改修計画の場合にはそれができません。
 天井裏の既存障害物を付設替えして行うことも考えられますが、この工法による天井改修工事費が他の工法より割高な上に、付設替え工事で多大な費用がかかるため採用するには無理があることが判明しました。
建築基準法充足工法以外の選択肢の検討
 建築基準法充足工法は、既存の「特定天井」の構造を保持したまま、告示771号の仕様ルート基準を充足する耐震天井につくり替えることで、地震時に脱落のおそれが少ない天井にする改修工法です。つまり、私たちは、基本計画当初は、改修対象施設の天井を建築基準法で要求している技術基準通りの正攻法で、今回の特定天井の耐震化に取り組もうと思っていました。ところが、その目論見が以上の検証でもろくも崩れてしまったのです。
 そこで「特定天井の定義」を読み返して出てきたのが次の選択肢です。ひとつは、「特定天井の定義」に書かれている「特定天井」となる条件には「吊り天井である」という前提条件と、それに付随する3条件がありますが、そのうちいずれかひとつの条件に該当しない天井につくり替えることで、地震時に脱落のおそれが少ない天井にする改修工法です。
 これを私たちは便宜的に「非特定天井工法」と呼んでいます。この工法には、特定天井の条件のひとつ「吊り天井をなくして構造部材に直張りする天井につくり替える改修工法」(非吊り天井工法)と、もうひとつ「天井面構成材等の平均質量を2kg/m2以下に抑えた天井につくり替える改修工法」(超軽量天井工法)のふたつがあります。
 前者は、構造部材に直張りした天井は地震時には吊り天井のように構造体と異なる揺れ方をせず一体的に揺れるので、損壊・脱落のおそれが少ない、という考えのもとに考案された工法です。
 後者は、天井にかかる地震力は天井の重量が軽くなればなるほど小さくなるので、天井面構成材等の平均質量を2kg/m2以下の超軽量に抑えれば損壊・脱落を引き起こすほどの地震力がかからないという考えのもとに考案された工法です。
 もうひとつが、落下するおそれのある天井材そのものをなくしてしまう改修工法(構造あらわし工法)です。
 ここまで述べてきた改修工法は、すべて恒久的な天井脱落防止対策です。そのほか応急措置的な天井落下防止対策として「落下防止措置工法」があります。
 表❶が以上をまとめたもので、今回の区有施設の特定天井等の脱落防止対策として抽出した改修工法の一覧です。
表❶ 天井耐震改修工法の選択肢(筆者作成)
この編のおわりに
 次回は、各施設の耐震化状況調査を見直した結果を総括します。そして、港区がその結果からどのような考え方のもとに本事業における基本計画方針を導き出し、それを具体的な区有各施設の改修計画に反映していったかについて記したいと思います。
加藤 峯男(かとう・みねお)
1946 年 愛知県豊田市生まれ/ 1969 年名古屋大学工学部建築学科卒業、同年圓堂建築設計事務所入所/ 1991 年 同所パートナーに就任/ 2002 年 株式会社エンドウ・アソシエイツ取締役に就任/ 2003年 株式会社エンドウ・アソシエイツ代表取締役に就任/ 2011 年 一般社団法人東京都建築士事務所協会理事に就任