古民家から学ぶエコハウスの知恵 ⑭
現代民家に活かす「古民家の真価」
丸谷 博男(一級建築士事務所(株)エーアンドエーセントラル代表/(一社)エコハウス研究会代表理事/専門学校ICSカレッジ オブ アーツ校長)
連載の終わりに
 古民家から「石油やガスを使わない10000年の知恵」を学ぶ、としてこの連載を綴ってきました。その道程の中で、思わず感動し、その激変振りに圧倒されたのが「養蚕が民家をエコハウス研究会にした」ことでした。江戸時代末期から明治にかけての国をあげての殖産振興に「民家の進化」があったのです。「ここを学ばずして民家を語るな」の感がありました。
 そして、その一時期とは別にして、気候風土との間で長く培われてきた自然との共生の地道な歴史もありました。こうした真摯な発展史の学びに対して、今私たちがつくっている「現代民家」、それは私たちの糧であり生活の場所としての「建築」として、あまりにも脆弱であることを痛感しないわけにはいきません。
 連載の最終回は、これまで学んできた「民家の真価」を整理して現代民家に生かし、人類の民家の歴史に恥じないものとしていくことが本懐と考えます。このまとめは、ややテクニカルな事項に走りすぎたという印象もありますが、そこが最も弱点となっている現代民家の問題点と捉えていただければ幸いです。それらが、民家の王道にふさわしい現代住宅の道へつながればと期待してまとめとします。
現代住宅工法の問題点と課題から改良型住宅工法へ
 たび重なる地震災害を経験し、現代の住宅工法が改良されてきました。建築基準法改正の歴史も多くはそこに力点が注がれてきました。しかしもう一方で、建築の本質的な構法、材料原理(建築物理)というところでは、高断熱高気密化が先行し、民家一万年の歴史と大きく乖離している面が否めないと痛感せざるを得ません。この連載そのものが現代住宅に対する警句でもあったとご理解いただければありがたいのです。
 さて連載最終稿は、床下空間に対する結露の常態化問題、夏結露と壁体内でのカビの発生問題、室内空気室環境の冬の高乾燥・夏の高湿度などをはじめとする現代住宅の問題点・課題を整理し、これらを解決する改良型住宅工法を提案します。
 特に、人間の健康的な環境=快適空間という点からは、私たちが暮らすアジアモンスーン地帯(蒸暑地域)に特有な設計手法に「湿気のコントロール」があり、このテーマが軽視されてきたところに、シックハウスの大きな原因のひとつがあったことを認識し、人間の健康と重ねて初めて、総合的な家づくりの姿が浮かび上がるものと確信しています。
現代住宅工法の問題点と課題
改良型住宅工法「そらどまの家」
「そらどまの家」の呼吸する壁
 高断熱高気密の大切さは、省エネや結露問題などから明確になっています。しかし、だからといって壁や家を「密閉」(分子レベルでの透気、透湿を確保する)してしまっては、壁や家の中に湿気がこもり、カビが生えます。あるいは雨水の浸入や放射冷却による結露があった場合に、それを乾燥させる仕組みのない工法は、健康な家とはいえません。また、床下の基礎周りの結露現象は、どうにも防ぐことはできません。
このような問題を解決しようと改良したのが「そらどまの家」であり、「呼吸する壁」なのです。
「そらどまの家」の呼吸する壁
設計監理
丸谷博男+エーアンドエー
施工
株式会社松田建設
工事期間
2014年11月〜2015年4月
 30代の夫婦・幼児2名の4人家族。マンション暮らしから一戸建てに生活を変えられた結果、風邪をよく引いていたご主人は風邪を忘れ、温度差のない快適な暮らしが実現。限られた予算の中で、勝ち取った環境でした。写真では漆喰仕上げのように見えますが、内部の壁・天井は、バウビオTの素地仕上げ。竣工後、玄関土間はDIYで漆喰を塗られました。いつまでも進行形のそらどまの家第2号です。
外観。1階はそとん壁、2階は杉押板張り。
居間から和室(寝室)。南の壁面に輻射冷暖房パネル。
居間上部吹き抜けからの見下ろし。
そらどまの家の春夏秋冬→どのようにオペレーションするのか
外気を熱交換して取り入れる──春・夏の昼・秋・冬の夜
 そらどまの家のより多くのシーズンは、一般的な外気取り入れを熱交換型換気扇によって換気しています。
 そらどまの家は「呼吸する壁」のため、トイレや浴室、キッチンの局所換気を除いては機械換気を行わなくても室内の空気は綺麗に保たれます。
 暖房や冷房に使用する補助熱源は、現在のところ最も効率のいいエアコンの屋外機「ヒートポンプ」を利用しています。
 エアコンでは空気で煖房するため、相対湿度が低くなってしまいますし、空気で冷房すると相対湿度が高くなってしまうため空気を熱媒体に使わない輻射冷暖房が理想的なのです。
 木材、土、珪藻土、和紙クロスが室内の調湿に寄与し、室内環境を健康に保ちます。

■中間期に注意すること
・梅雨時以外は、窓を開放し自然通風で換気してください。
・梅雨時は、降雨時には必要最小限の換気とし、外部の湿気を取り込まないようにしてください。晴天時には積極的に換気を計ってください。室内の通風は常に必要ですので、室内循環換気をしっかりと確保してください。
・夏の昼間は、外気の熱負荷が大きいため、換気は実用最小限にしてください。夜間はたっぷりを換気してください。
・冬の夜は、夏と同じように夜間の換気は熱負荷が大きいため最小限にしてください。内部の相対湿度もその方が快適になります。空気室は「呼吸する壁」が良好に維持してくれます。
屋根面で放熱・集熱して外気を冷風・温風として取り入れる──夏の夜・冬の昼
 そらどまの家の夏の夜は、タイマー運転により、屋根面の放射冷却によって外気を冷却し、除湿して室内に取り入れます。
 冬の昼は、屋根面の温度上昇により外気を温めてから室内に取り入れます。外気温が5〜10℃でも晴天か雲天であれば、20〜30℃になります。

 家全体の排気は、効率のいい熱交換換気扇により屋外へ排出します。その廃棄空気にもまだエネルギーが残されているので、洗濯乾燥室か浴室に排気して衣類の乾燥に役立てます。花粉症の方も室内干しはありがたいですね。そうでない場合には、屋外のヒートポンプに吹き付けて熱源として最後まで活用します。
そらどま換気標準タイプ
 輻射で暖冷房することはとても不思議な世界があります。天井、壁、床、窓、そして人間と輻射パネルとの間で目には見えない熱のやりとりが行われます。温度の高い方から低い方へと熱が流れ、同じ温度になるまで継続して行われます。
断熱環境が良いと、暖房で35℃、冷房で25℃の温冷水を輻射パネルの中に通すだけで、暖冷房が行われます。暖房は無風で大丈夫。ところが冷房の場合には、微風速の気流があるとより快適になります。
冷房時は、体の周りに生まれる体温からの温度上昇した空気、さらに身体から蒸発した水蒸気が身体の周囲に留まっていると、非快適環境をつくり出していきます。これを払拭するために微風速の気流が必要となります。また、室内に気流が流れないと夏季にはカビの温床ともなります。
微風速の扇風機を販売している電機メーカーはたいへん少ないのですが、探せば見つかります。
 もうひとつ重要なことがあります。それは、開口部(窓)の人間による開閉、遮蔽などの制御です。関西や瀬戸内海地域では、「夏障子」がありました。日射制御をしながらも通風を売る工夫でした。また、設計では、広縁空間による変化する環境への対応も伝統的な知恵としてありました。
 大切なことは、自分自身で自分の環境を観察し工夫してこそ、自分にあった環境が得られるということです。この言葉でこの連載を一区切りいたします。連載を継続できましたことすべての皆様に感謝申し上げます。(丸谷博男 2019.1.30)
丸谷 博男(まるや・ひろお)
建築家、一級建築士事務所(株)エーアンドエーセントラル代表、(一社)エコハウス研究会代表理事、専門学校ICSカレッジ オブ アーツ校長
1948年 山梨県生まれ/1972年 東京藝術大学美術学部建築科卒業/1974年 同大学院修了、奥村昭雄先生の研究室・アトリエにおいて家具と建築の設計を学ぶ/1983年 一級建築士事務所(株)エーアンドエーセントラル arts and architecture 設立/2013年一般社団法人エコハウス研究会設立