Wallstat講習例会実践報告──耐震診断への活用の可能性を探る
たちかわ支部
辻川 誠(東京都建築士事務所協会たちかわ支部、辻川設計一級建築士事務所)
内山 浩一郎(東京都建築士事務所協会たちかわ支部、内山建築設計室一級建築士事務所)
1. 平成29/2017年9月に開催されたwallstat勉強会の様子。
2, 3. wallstat動画のコマ撮り。それぞれ左側が補強実施前、右側が補強実施後の解析。
4. wallstat入力演習。
5, 6 アンケート集計。
7. 平成29/2017年10月のwallstat講習例会の様子。
はじめに
 wallstat(ウォールスタット)は建築研究所において開発された木造建築物専用の倒壊シミュレーションソフトで、誰でも自由にダウンロードして使用することができます。近年建築関連雑誌などで紹介されることが多くなってきました。最近になり、建築士の中からもwallstatを使ってみたいという声も聞かれるようになりました。ここでは、たちかわ支部におけるwallstatの活用に向けた取り組みについて報告します。
wallstat活用についての勉強会開催
 たちかわ支部ではwallstatの紹介と、建築士事務所においてwallstatを用いてどのような検証ができるのかを議論する目的で、平成29(2017)年9月11日に「立川女性総合センター」第1・第2和室を会場としてwallstat活用についての勉強会を開催しました(図1)。
 建築士事務所でのwallstatの利用方法としては、①新築木造住宅の耐震性能の検証、②既存木造住宅の耐震診断及び耐震補強設計の検証のふたつの利用方法が考えられます。勉強会では主に②の耐震診断及び耐震補強設計の検証について考えてみることにしました。
 まず、既存建物を想定した小規模なモデルプランについて、既存の状態と補強を行った場合それぞれの耐震診断をそれぞれ手計算で行った結果を準備し、同じモデルプランに対し兵庫県南部地震のJMA神戸の地震波を用いたwallstat(ver.3.3.6)による検証結果との比較を行ないました。モデルプランの手計算による耐震診断結果は、1階のIw値が0.31程度のものです。この建物をwallstatに入力して解析した結果、大地震により建物が倒壊する様子が確認できました(図2)。同様に図3は建物の配置を90°回転させて解析したもので、同じ地震動でも建物が配置された向きの違いにより倒壊の仕方が異なることや、建物に大きな偏心が生じている建物では偏心により建物が捩れながら倒壊する様子がよく理解できました。
 補強設計の検証では、同モデルプランに補強を実施することにより倒壊を免れる結果となり、補強の効果を視覚的に確認できました。この他、この勉強会では、各自ノートパソコンを持参してもらい、wallstatの入力を体験してもらいました。図4に示すような簡単な2階建ての建物モデルについて入力を行いましたが、CADの入力のように各部材を画面上に配置していく入力方式のため、皆さん比較的スムーズに入力が行えたようです。
木造住宅の耐震診断での活用について
 さて、勉強会では耐震診断でのwallstat活用について取り上げましたが、wallstatで解析するためは、各耐力要素ついて実験から得られる耐力データが必須となります。耐震診断の場合、建築基準法で定められた耐力壁以外の壁仕様の耐力も診断に考慮されるため、これらの耐力データが必要となります。
 同様に、床に関しては、旧耐震の木造住宅では床が構造用合板張りとなっていることは少なく、転ばし根太や半欠き根太が普通です。また、火打ち梁が不足していることが多いといえます。検証する建物の実状に応じた床の耐力データを準備する必要があります。また、旧耐震の木造住宅の基礎は、無筋コンクリート基礎であることが多いのですが、wallstatでは、上部構造のみを解析の対象とするため、基礎の破壊は考慮されていないことに注意する必要があります。ただし、耐震補強の際に基礎の先行破壊を防止する補強が行われる場合には、この問題は生じないと思われます。一方、既存建物には建物の経年劣化が存在しますが、wallstatでは劣化の影響は考慮されないことにも注意を要します。しかしながら、耐震改修時には、劣化部分の改善が行われることが一般的であるため、この場合は劣化の影響は少ないと判断してもよいでしょう。
 勉強会では参加者にwallstatに関するアンケートを行いました。18名の参加者の内、16名から回答がありました。「建て主から、建物がどの程度の地震に耐えられるか聞かれることがあるか」の質問では、頻繁に聞かれるが25%、たまに聞かれるが62%。「倒壊シミュレーションを依頼者への説明などに利用したいと思うか」の質問には、8割以上で利用したいとの回答がありました。また、wallstat活用のための研究会設置と今後の講習会開催について聞いたところ、回答者全員の賛成がありました。限られた人数でのアンケート結果ではありますが、wallstat活用については積極的な意見が多いようです(図5、6)。
wallstat講習例会と意見交換
 wallstatについての大まかな理解ができたところで、より詳細な講習会を企画することにしました。
 平成29(2017)年10月5日に「立川女性総合センター」第3学習室において、wallstatの開発者である国土交通省国土技術政策総合研究所の中川貴文さんを講師に迎え、「木造住宅の耐震性能の見える化」というタイトルで立川支部の講習例会として実施しました(図7)。ここではwallstatで実施できる解析内容と今後の展望について解説がなされました。特に建築士事務所では新築建物以外に耐震診断での活用も考えられることから、耐力要素の耐力データであるパラメータデータの設定の考え方についても説明に加えていただきました。講習会後半では質疑応答と意見交換を行ないましたが、内容は伝統構法木造への適用から制震部材を用いた建物の解析まで多岐にわたり、参加者のwallstatへの関心の高さがうかがえる状況でした。
最後に
 壁量計算などで設計を行っていても、建物の倒壊現象をイメージして設計することは少ないのではないでしょうか。建物の倒壊現象を視覚的に確認することができるwallstatは、建築士事務所における設計のためのツールのひとつとして有用なものと考えられます。また、今後、設計実務でのwallstat活用においては、耐力要素のパラメータの整備が重要であると思われます。
 今回の講習例会を通じて、支部内にwallstat活用に向けた会を設置する方向となりました。引き続き勉強を続けていきたいと思います。
 国土交通省国土技術政策総合研究所の中川貴文さんにはたいへんお世話になりました。感謝申し上げます。
辻川 誠(つじかわ・まこと)
東京都建築士事務所協会木造耐震専門委員会協力委員、たちかわ支部、辻川設計一級建築士事務所
1962年 東京・昭島生まれ/サンフォルム設計事務所勤務を経て、1992年 辻川設計開業
内山 浩一郎(うちやま・こういちろう)
東京都建築士事務所協会たちかわ支部副支部長、内山建築設計室一級建築士事務所
1968年 愛知県生まれ/有村建築設計事務所勤務を経て、2003年 内山建築設計室開業
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