木の成分、その知られざる働き──⑧
炭の特性と働き
谷田貝 光克(東京大学名誉教授)
炭火焼きはうまい。
木炭の過去と今
 焼き鳥、ウナギの蒲焼、コーヒーの店に炭火焼の看板をよく見かけます。炭火から放出される遠赤外線が肉や豆の中まで浸透し温めるので、ガスや電気による調理よりうまいものができるのです。少なくとも戦後10年ほどまでは、木炭は薪と共に調理用の主たるエネルギーでした。特に戦中は木炭自動車が走るほどに木炭産業はわが国の基幹産業であり、年間270万トンに近い生産量を誇っていました。現在、年間100万トン以上の生産量の国はブラジルのユーカリ木炭を最大としてアフリカの8か国を中心に13か国がありますが、それらに肩を並べるほどの生産量だったのです。それが戦後の石油等の化石資源へのエネルギー革命によって、木炭の生産量は3万トン弱にまで激減しました。しかしながら飲食店での炭火焼の味の良さが絶えることない人気を誘い、また、燃料以外の土壌改良材、水質浄化材、調湿材等への新しい用途開発によって、消費量は漸増の傾向にあり、20万トン近い木炭が消費されています。しかしその大半は東南アジアからの輸入に頼っているのです。
製炭時の炭化温度と製炭工程。
電子顕微鏡写真。左:黒炭(ナラ)、右:白炭(ウベメガシ)。
黒炭窯。窯口をふさいで消火(窯内消火)。
白炭窯。窯口を開けて煉らしの工程。
白炭の消火。真っ赤に焼けた炭を窯の外に掻き出して灰をかぶせて消火(窯外消火)。
炭には白炭と黒炭がある
 やきとり・蒲焼などの店で使われているのが白炭です。備長炭は白炭の一種です。硬くて木口の目が詰まって金属のような光沢面を持ち、白炭同士でたたくと金属音がします。割るのも切断するのも難しいほどの硬さです。白炭は目が詰まっているので黒炭に比べて酸素の吸収が少なく、ゆっくりと燃焼し火持ちがよく、そのために蒲焼などの営業用に好んで使われています。
 一方、茶道で使うのが黒炭。切り口に孔が多く、その孔が菊の花のように見えるので菊炭とも呼ばれています。こちらの方は軟らかくて力を加えれば容易に割れます。菊炭以外にも家庭用の調理用やバーベキューに使われる軟らかい炭は黒炭です。黒炭と白炭の硬さの違いはなぜ出てくるか、その最も大きな理由は製法にあります。
 木炭は木質系材料を酸素の供給を不十分にして蒸焼き状態でつくられます。木材は主に炭素、水素、酸素の3成分で構成されていますが、蒸し焼き状態で熱分解しながら水素、酸素を少なくし、炭素含有率を高くしたものが木炭です。木材の主要成分のうちヘミセルロースが180℃付近で熱分解を始め、セルロースは240℃、リグニンは280℃近辺で分解を始めます。
 通常の製炭では窯内温度を300〜400℃付近で一定に数日間保ち、最後に消火を経て木炭がつくられますが、消火の一歩手前で窯口を大きめに開けて空気を入れ、炭材に残っていた炭素以外の可燃性のものを燃やし炭素含有率を高くします。この工程を「煉らし」、あるいは「精煉」といいます。黒炭窯ではこの時の温度はせいぜい800℃以下です。煉らし終了後には窯口、排煙口を閉じ、完全に空気を遮断して消火します。
 白炭窯でも炭化過程での窯内温度は黒炭と大差ありませんが、煉らしの工程で窯口を大きく開けて1000〜1200℃の高温にします。その後灼熱した木炭を窯の外にかき出して、その上に消し粉と呼ばれる灰と砂の混合物をかけて被って消火します。この時の灰が木炭に付き白色になるので白炭といいます。黒炭は窯内消火、白炭は窯外消火であり、煉らし温度に大きな差があるのです。
 木材は炭化温度の上昇に伴って熱分解が激しくなり、細孔の数も多くなっていきますが、これは800℃付近までで、それ以上になると減少傾向になります。熱分解によって芳香族化を進めていた木材組織が、800〜1000℃付近を境にして芳香族環の架橋構造をつくり、さらに安定な縮合多環分子をつくり組織全体が稠密化するためです。1000℃以上の炭化温度を経る白炭はこのために黒炭に比べて硬くしまった炭になります。原料の木の硬さもできあがった炭の硬さに影響しますが、炭化温度の違いは炭の硬さ、表面積の大きさに大きく影響します。
 ところで炭は表面から見える孔の奥に多くの細孔が広がっています。そのために表面積が大きく、黒炭はおよそ〜400㎡/g、白炭は250〜300㎡/gの表面積を持ちます。これはタバコのライター1個分の重さ15gに等しい黒炭の表面積がテニスのダブルスコート23面分、白炭は17面分の広さに相当します。驚くべき大きな表面積です。表面積が大きいことは優れた吸着力を持っていることにもつながります。
木炭の細孔の例。
用途の広がる炭
 多孔性なので水はけがよい木炭を土壌に混入すると透水性がよくなります。多孔性であることは逆に水持ちにも優れていることです。この働きを利用して乾燥地に木炭を施用して保水性を持たせる緑化の試みもなされています。また、施肥した肥料が木炭の細孔に保持されて、徐々に土壌に流れ出すので肥持ちがよくなり、作物が時間をかけて肥料の効能を受け取れることになります。木炭の土壌への施用は作物の成長を促し、増収にもつながります。枯れかかった樹木や衰弱した樹木の根元に木炭粉を施用することで樹勢回復にもつながった例も多いようです。
 多孔性で表面積の大きい木炭は水質浄化にも役に立ちます。水中の汚染物質を捉まえて水を浄化するのです。COD(化学的酸素要求量)を低下させて水質を改善し、また、水に溶けているトリハロメタンやビスフェノールAなどの環境ホルモンなどの汚染物質を吸着させて水質を改善させます。
 各種材料からつくられた木炭を用いて、家庭雑排水中のアンモニア性窒素、亜硝酸性窒素、有機リン化合物、CODの除去能力を測定すると、それぞれに効果は認められたものの、除去効果は表面積の大きさのほかに、全細孔容積、平均細孔直径、有孔率の大きい木炭が有効であることもわかっています。水中に入れた木炭の細孔には微生物も繁殖し、その微生物が水質浄化に関わっていることもあります。木炭を排水溝や小川に設置して水質浄化を試み、汚染された水が浄化され魚が戻ってきたということもよく聞かれます。
 木炭は床下調湿用としても用いられます。床下に敷き詰められた木炭は湿度の高い時に大気中の水分を吸着し、大気が乾燥してくると吸着していた水分を放出します。吸脱着の容易さは細孔や表面積だけでなく、細孔の大きさにも関係しています。細孔が小さいと細孔に入り込んだ水分が細孔の壁に強くひきつけられ、容易に脱着しなくなるからです。
 床下の土台などに用いられる木材は含水率が20%以上になると木材腐朽菌が繁殖しやすくなり、またシロアリの害も受けやすくなりますが、木炭を敷くと20%以下に抑えることができるので木材を健全に保つのに有効です。天井裏に敷き詰めた木炭粉に外気を通して清浄な空気を室内に取り込むことにも使用されています。
 野菜や花はエチレンガスを放出して熟成していきますが、エチレンガスを吸収させて鮮度を保つ鮮度保持剤として、あるいは消臭剤としても木炭は利用されています。
 これらの用途のほかに、導電性の高い木炭には静電防止材料、電磁波遮蔽材としての可能性もあり、放射性セシウムの吸着剤としての特性や白金代替燃料電池用カソード触媒としての開発、木質炭素化物に無機物を複合させて高耐熱特性の物質の開発など、木炭を炭素材料として利用する試みもなされています。
谷田貝 光克(やたがい・みつよし)
香りの図書館館長、東京大学名誉教授、秋田県立大学名誉教授
栃木県宇都宮市生まれ/東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)/米国バージニア州立大学化学科およびメイン州立大学化学科博士研究員、農林省林業試験場炭化研究室長、農水省森林総合研究所生物活性物質研究室長、森林化学科長、東京大学大学院農学生命科学研究科教授、秋田県立大学木材高度加工研究所所長を経て、2011(平成23)年4月より現職。専門は天然物有機化学。
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