世界コンバージョン建築巡り 第7回
シンガポールと香港──旧英国領交易都市におけるコンバージョンの異なる様相
小林 克弘(首都大学東京教授)
1. シンガポール「マリーナ・ベイ・サンズ」の屋上プールから高層建築群を見る。
2. シンガポールのマリーナ・ベイの光景。
3. 香港島内の丘「ピーク」から、香港島(手前)と九龍半島側(奥)の高層建築群を見渡す。
4. ラッフルズの像。背後のシンガポール川の対岸左は丹下健三設計の「UOBプラザ」。
はじめに
 シンガポールと香港は、共に旧英国領交易都市として発展した島であり、中国系住民が最も多く、現在アジアのグローバル商業の中心として高層化も進むという、いくつかの共通点を持つ(① – ③)。
 シンガポールは、1819年に、英国人スタンフォード・ラッフルズが、シンガポール川沿いの土地に足を踏み入れたことから始まる。現在、ここには、ラッフルズの像が建つ(④)。ラッフルズは、後のマレーシア・インドネシア地域の政治状況をたくみに利用して、平和的交渉によってシンガポールを英国領とすることに成功した。
 一方、香港は、1840年に始まるアヘン戦争の最中、チャールズ・エリオットという軍人が率いる隊が、香港島北西部に侵略し、1842年の南京条約の結果、香港島を英国植民地として、その後も九龍半島へと植民地を広げた。英国領となる過程は異なるが、その後、両都市共に、英国領交易都市としての発展を遂げた。太平洋戦争中に日本による支配を経て、戦後には工業生産拠点となるが、中国の産業発展に伴い、むしろ交易・商業都市としての価値が高まる。シンガポールは、1965年にマレーシアからの独立を果たした。香港は、1984年に英国と中国の間で返還が約束され、1997年に中国返還が実現している。
 共通点の多いふたつの都市であるが、微妙な歴史の違いに起因して、建築ストックが異なるために、違ったコンバージョンの様相を見ることができる。この興味深い点を念頭に置いて、両都市の建築コンバージョンを概観しよう。
シンガポール略地図
5. アジア文明博物館外観。行政関連施設を博物館に転用。
6. アジア文明博物館。内部の主要な空間は基本的に保存しながら、展示空間として利用されている。
7. アートハウス外観。邸宅として計画されたが、裁判所や国会議事堂などの用途を経て、文化複合施設に転用されている。
8. アートハウス。内部の中央ホール。
9. シンガポール美術館外観。ミッションスクールが、美術館に転用されている。
10. シンガポール美術館内部。バルコニーをガラス面で内部化して、美術館としての機能性を高めている。
11. レッド・ドット・トラフィック外観。交通警察本部が美術館に転用された。
12. レッド・ドット・トラフィック。内部の展示は、現代的なデザイン手法でなされる。
13. チャイムス。女子修道院と教会が、商業複合施設として観光名所に変貌した。かつての教会内部では、訪問時には結婚披露宴の準備が行われていた。
14. チャイムス。敷地外縁の店舗群。
15. チャイムス外観。
16. フラートン・ホテル。シンガポール川河口に建てられた中央郵便局が、高級ホテルへ転用された。シンガポール川越しに見た外観。
17. フラートン・ホテル。中庭をガラス屋根で内部化して、エントランスホール、カフェ、ラウンジなどに使用。
18. クラーク・キイ。商業施設に転用された川沿いのショップハウス群が観光名所となっている。
19. クラーク・キイ。スコールを避けるための通路は、現代的なデザインである。
20. ファーイースト・スクウェア。ショップハウスを商業複合施設として転用し、通路を内部化している。
21. 旧フォード工場記念館外観。フォードと日産が使用した自動車工場を展示館に転用。
22. 旧フォード工場記念館。大空間を生かした展示空間。
シンガポール──公共施設とショップハウスのコンバージョン
 シンガポールに見られるコンバージョンに関して、転用前用途と転用後用途の比較を行うと、全体としては多様なタイプのコンバージョンがなされているが、中でも、公共施設が博物館や美術館に転用された事例、ショップハウスが商業施設やホテルに転用された事例が多く見られることが顕著な動向である。
 まず、博物館や美術館に転用された例に目を向けよう。シンガポール川沿いで、ラッフルズ像に面して建つ「アジア文明博物館」(⑤、⑥)は、古典主義様式の行政関連施設が、2003年に博物館にコンバージョンされた例である。この施設は、1860年から増築を重ねた「エンブレス・プレイス・ビル」という名称で知られた歴史的建造物であり、内部の主要な部分を保存しつつ、アジア全域をテーマ別にまとめた展示を行う大博物館へと変貌を遂げている。同じくラッフルズ像に面する「アートハウス」(⑦、⑧)は、1827年に邸宅として計画されたが、直ぐに行政関連の施設となり裁判所や国会議事堂などの用途を経て、2004年に文化複合施設に転用された例である。会議室として使用されていた部屋の家具などは保存され、照明や防音を改善してホールとしても使用されている。内部の2層分の開放的な吹き抜け空間には、必要に応じて、新たにガラス面が挿入されており、現代的な雰囲気と融合した空間となっている。
 「シンガポール美術館」(⑨、⑩)は、1857年に建設されたミッションスクールが、美術館に転用された事例である。用途変更に際して、一部増築もなされた。教室を仕切っていた壁を撤去して大空間の展示室をつくるという工夫や、ベランダを内部化する際に、ガラスを使用して既存建築と対比的なデザインとすることで、既存部分を損なわないようにする努力も見られる。「レッド・ドット・トラフィック」(⑪、⑫)は、1928年建設の交通警察本部を、2005年に複合施設に転用した事例である。長大な建物の中には「レッド・ドット美術館」のみならず、レストランやオフィスなども含まれる。赤く塗られた壁面が特徴的であり、美術館での展示は現代的なデザイン手法でなされている。
 公共施設では、他の用途への変更も見られる。「チャイムス」(⑬ – ⑮)は、1852年に女子修道院として建設され、その後サンクン・ガーデンや教会堂が増設された。1913年には教会の両端に2層の回廊が付加され、その細部や仕上げは教会と統一されている。1983年に修道院は閉鎖されて、1996年に飲食店やウエディング・ホールなどの商業複合施設へと転用されて現在に至っている。シンガポール河口に建つ「フラートン・ホテル」(⑯、⑰)は、1928年に建設された中央郵便局を、2000年に高級ホテルへと転用した事例である。外観は新古典主義様式の既存建築を保存しており、内部は中庭だったところにガラス屋根を設けて8階分のアトリウムに変えて、エントランスホールおよびカフェとして使用している。
 中心部に立地するショップハウスはホテルにコンバージョンされるなど、適切な保存を行いつつ、商業施設として利用されている。シンガポール川沿いの「クラーク・キイ」(⑱、⑲)ではショップハウス群を商業施設に転用され、観光名所としても成功した代表例であろう。クラーク・キイは、ラッフルズ上陸の地にも近く、シンガポール川に面して、貿易の中心を担っていたエリアであるが、歴史保存地区にも指定されている。その規則にのっとりつつ、新たなアーケード屋根の付加などがなされた。色彩豊かな塗装により、周辺との対比が強調されて、観光・娯楽地区としての演出がなされている。
 チャイナタウンに立地する「ファーイースト・スクウェア」(⑳)は、空調設備を備えたガラスのアーケードを設けつつ、約60戸のショップハウスや寺院が商業複合施設に転用された事例である。アーケードに隣接して、ガラスボックスの挿入、隣接する内壁の撤去などの操作によってさまざまな用途に対応する空間がつくられている。上下階を別のテナントに貸すために階段や通路、エレベーター、エスカレーターも挿入され、多様な人びとの使用を可能にしている。
 シンガポールでは、数は多くないが、産業施設のコンバージョンも見られる。「旧フォード工場記念館」(㉑、㉒)は、1941年建設のフォードの東南アジア最初の自動車工場が、戦後は日産の工場として使用された後、2004年に戦争をテーマとする国立記念館へと転用された事例である。転用に際して、元の工場の約4分の1程度に減築されたが、工場特有の大空間を生かした連続性のある展示空間となっている。
香港略地図
23. 香港文物探知館エントランス外観。九龍公園内の2棟の兵舎が、歴史博物館に転用されている。
24. 香港文物探知館。2棟の兵舎をつなぐための増築棟から、旧兵舎の間の中庭を見る。
25. 香港文物探知館増築棟内部。
26. 香港視覚芸術中心。香港島の香港公園内の兵舎を芸術センターに転用。増築棟との間のアトリウム。
27. 香港視覚芸術中心外観。
28. 1881ヘリテージ。香港の新名所の巨大商業複合施設の中心に水上警察署をホテルに転用した施設がそびえる。
29. 1881ヘリテージ。ホテルのバルコニー。
30. 青少年クラブハウス。元警察署であった施設が、青少年のための施設に転用された。
31. 青少年クラブハウス内部。他の部屋には、拳銃保管庫などが残されている。
32. 競馬会クリエイティブ芸術センター外観。工場・住居が、大学付属の芸術センターに転用されている。
33. 競馬会クリエイティブ芸術センター。中庭をガラス屋根で内部化し、バルコニー手摺壁のパターンを変化させて、芸術センターとしての雰囲気を高めている。
34. 香港演芸学院映画・TV学部。ガラス張りのスタジオ内部。修道院内の教会上階を、大学のスタジオに転用。
35. 香港演芸学院映画・TV学部外観。
36. 香港演芸学院映画・TV学部。隣接して残っていた木造の牛舎2棟も、大学のインフォメーションセンター・展示館に転用された。
37. 西営盤コミュニティ・センター外観。香港では珍しいロマネスク様式の建築の一部を保存活用している。道路沿い部分を残してコミュニティ・センターに転用。
38. 西営盤コミュニティ・センター。バルコニーでは、細部まで丁寧に修復された。
香港──イギリスの政府・軍関連施設からの転用
 香港では、1997年に中国に返還されたことに伴い、イギリスの政府・軍関連施設から転用された事例が多い。また、返還に前後して生じた都市の拡大・発展、都市構造の変化に伴ってさまざまなタイプのコンバージョンが生じている。代表的な事例のひとつ、「香港文物探知館」(㉓ - ㉕)は、九龍公園内に1910年に建てられた2棟の兵舎を増築棟で繋ぐことで、全体を歴史博物館に再生した1998年完成の事例である。新旧の対比を活かしたデザイン手法が巧みであり、都市中心部に残された施設の有効活用として成功している。香港島の香港公園内にも多くの兵舎が残っていたが、多くが転用活用されている。その代表例、「香港視覚芸術中心」(㉖、㉗)は、1910年建設の兵舎を芸術センターに転用した事例であり、既存のコロニアル様式の外観を保存しつつ、ベランダの外壁に窓をはめることでベランダを内部化して利用している。また、既存部と新築部の2棟をつなぐかたちにガラスのアトリウムを設けて、開放的な内部動線空間を生み出している。香港では、こうした歴史的建築に対して、元々のバルコニーや中庭を内部化するなどの工夫を伴いながらコンバージョンを成功させている例が多いことも特色のひとつである。
 九龍半島の南端に立地する「1881ヘリテージ」(㉘、㉙)は、水上警察署が、新築された巨大商業複合施設の中心に位置する高級ホテルとなった事例である。ここでは、ファサードの既存のバルコニー空間をホテルのバルコニーとして残して利用している。既存の時計台も残し、新築部にも既存を模したポストモダン調のデザインを施すことで、新旧が調和した賑やかな広場空間を生み出している。
 上述した3つの事例は、ランドマーク的な存在であるが、より一般的なイギリス政府・軍施設のコンバージョンも多い。香港島南側に位置する1891年に建てられた2階建て赤煉瓦の警察署は、警察学校として使用された後に、1995年には、修復がなされて、「青少年クラブハウス」(㉚、㉛)に転用された。施設全体は現在では4棟から成るが、その主屋は2階建て赤煉瓦棟で、元々は警察署の事務棟であったが、現在は、1階はクラブハウスの事務局、カフェ、ダンスルーム等、2階はミーティング室、卓球室、多目的室等になっている。随所にオリジナルの要素、たとえば、拳銃保管庫、暖炉、通気口付の瓦屋根(当時の香港では高価な納まりであった)などを残しつつ、一方で、壁画などによって、青少年クラブハウスらしい雰囲気をつくり出している。
 より多様な動向の例を挙げよう。「競馬会クリエイティブ芸術センター」(㉜、㉝)は、1977年に建設された工場と事務所であった施設を、デザイン工房、アトリエ、展示空間を複合した芸術関連施設へと転用した事例である。工場時代に使用された機器を展示することで元用途の痕跡を残しつつ、中庭空間をトップライトによって内部アトリウム化して、その下層部を展示やラウンジ空間に変える等の改修がなされている。アトリウムに面するバルコニー手摺り壁のパターンを変化させて、現代的なデザインの片鱗も表現されている。
 「香港演芸学院映画・TV学部」(㉞ - ㊱)は、1875年に建てられた修道院内の教会の上階を、2006年に大学のスタジオに転用した事例である。この上階は大きなガラスの切妻屋根であるが、転用前に失われていた建設当時の屋根の形状を復元したものである。教会内部は、結婚式などさまざまなイベントに活用されている。隣接して残っていた木造の牛舎2棟(1877年)は、2008年に大学のインフォメーションセンター及びホールに転用されており、複数の棟にまたがるコンバージョン活用の例となっている。
 「西営盤コミュニティ・センター」(㊲、㊳)は、1892年に建てられた病院をコミュニティ・センターに転用した例である。香港では珍しいロマネスク様式の歴史的建築であり、全体を残して転用するか否かの議論を経て、最終的には、道路沿い部分を残してコミュニティ・センターに転用して、背後には集合住宅が増築された。結果的には、建築全体のコンバージョンというよりファサード保存に近い事例となったが、赤煉瓦、緑色のサッシュなどの細部も、丹念に修復保存されている。
まとめ
 以上、シンガポールと香港という共通点も多い2都市であるが、建築ストックの違いが、異なるコンバージョンの動向を生んでいる。シンガポールは、観光地化に伴い、19世紀の歴史的建築を博物館や美術館に転用する、あるいは、伝統的なショップハウスを商業施設として利用するなどの動向が顕著である。香港では、近年までイギリスが使用していた兵舎や警察関連施設を、文化施設やホテルに転用する動向が目立つ。いずれの都市も、今や、グローバル経済の金融センターであり、観光地化も進む状況に対して、それぞれの既存の建築ストックを、適切な保存を行いながら、巧みに転用活用している状況を見ることができる。
小林 克弘(こばやし・かつひろ)
建築家、首都大学東京教授
1955年 生まれ/1977年 東京大学工学部建築学科卒業/1985年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了、工学博士/東京都立大学専任講師、助教授を経て、現在、首都大学東京大学院都市環境科学研究科建築学域教授