思い出のスケッチ #307
A LOVE IN THE ROYAL LIBRARY
加藤 峯男(東京都建築士事務所協会港支部、株式会社エンドウ・アソシエイツ)
  二〇一三年九月初め。北欧研修旅行のコペンハーゲンの最終日。帰途に就くまでの時間を利用しホテル周辺の運河沿いを歩きました。運河には多数のヨットが係留され、両岸には一棟ごとに異なるパステルカラーのタウンハウスが並びます。歩いていた道沿いの運河が幅広の運河にぶつかりT字状になったところで、視界が大きく開け、向こう岸に得体の知れない真っ黒い建物を見つけました。
 後で調べて分かったことなのですが、ぶつかった運河はコペンハーゲン港。建物は、その水際に建つデンマーク王立図書館の新館でした。外壁が黒い大理石で覆われた立方体ふたつで構成され、間に八階分の吹き抜けをもつアトリウムがあります。外観の印象から「ブラック・ダイアモンド」の愛称が付いています。
 アトリウムのエスカレーターで昇れるところまで昇ってみました。昇りきった三階のホールは、運河沿いの街と港を一望でき、素晴らしい眺望です。それ以上に私を感動させたのが、大仰な意匠の新館の陰に隠れて、ホール奥にひっそりと慎ましやかにあった旧館内部のこの部屋です。
 見上げる高さのボールト天井。それに連なる柱型や壁が織りなす形のまま、何も装飾を施さず漆喰のみで仕上げられています。足元を締めるオークの鏡板張りの腰壁、簡素な意匠の木製の卓、椅子、書架、調度品、いずれをとっても長い年月大切に使われてきた証拠の鈍い光りを放ちます。日本の今様と変わらない意匠の新館が色褪せて見える熟成の空間です。
 クリスチャンスボー宮殿と旧館の前庭を望む大窓。その窓際の卓にふたり。同じように傍らに飲み物のボトルを置き、言葉を交わすことなく、ノートパソコンに向かっています。ふたりが恋仲かどうかはわかりません。しかし、こんなに贅沢な空間が身近にあり、その中に身を置いて勉強(デート?)できるふたりを、この時ほどうらやましいと思ったことはありません。
加藤 峯男(かとう・みねお)
京三会建築会議委員、東京都建築士事務所協会理事、株式会社エンドウ・アソシエイツ
1946 年 愛知県豊田市生まれ/ 1969 年名古屋大学工学部建築学科卒業、同年圓堂建築設計事務所入所/ 1991 年 同所パートナーに就任/ 2002 年 株式会社エンドウ・アソシエイツ取締役に就任/ 2003年 株式会社エンドウ・アソシエイツ代表取締役に就任/ 2011 年 一般社団法人東京都建築士事務所協会理事に就任
http://www.yendo.co.jp