関東大震災100年
建築設計における耐震診断の活用
藤村 勝(東京都建築安全支援協会)
 脱炭素と持続可能な社会を目指す時代を迎え、建築界では建物の長寿命化を図ることが必須の時代となりました。このため多く存在する既存建物に対して、社会のニーズに沿って、大規模改修や増改築などにより建物の機能向上と耐久性の改善を図ることが、建築設計の重要な役割となっています。このような業務では建築主の希望を最大限に実現するため、耐震診断を活用して、既存建物の安全性を適切に確認しながら業務を行うことが、設計の要点となります。
表① 構造計算の方法の変遷
表② 既存建物の安全性の確認方法
既存建物の構造安全性の確認
 既存建物に増築もしくは大規模な模様替え等を行う場合、建築基準法に基づき構造体の安全性の確認を行う必要があります。構造体の安全性は構造計算により確認しますが、構造計算方法は表①に示すように法改正に加え、応力計算の方法や解析技術が時代により大きく変遷しています。1980年代に始まったコンピュータを利用した平面応力解析は、1990年代には立体解析となり、2000年頃からは建物の復元力をTri-linear型にモデル化した荷重増分解析による保有水平耐力計算が行われています。
 このため古い建物を現在の構造計算ソフトで解析すると、設計時と異なる計算結果となり、新耐震設計の建物でも安全性の確認が困難となります。これに加え、1981年以前に建設された旧耐震建物では構造体の仕様が不適格となっており、現行法では構造体の安全性の確認が極めて困難なものとなります。このため、建築基準法施行令第137条の2では表②に示す緩和規定に基づき、地震に対する安全性を耐震診断により確認することを認めています。新耐震設計の建物に何らかの耐震安全性の確認を行う場合にあっても、構造体に既存不適格仕様があれば、この緩和規定を適用することができます。
 したがって、増築や大規模の模様替え等の建築設計を行う場合には、令第137条の2や令第137条の12の緩和規定により耐震診断を活用することが合理的です。
表③ 増築における構造安全性の確認方法
増築における構造安全性の確認
 増築における構造安全性の確認方法は、増築部に対しては常に現行法に従うことが求められますが、既存部に対しては増築の規模、方法および既存部の状況により表③にまとめるような緩和措置を受けることができます。
 既存部が新耐震建物で適格である場合には、既存部、増築を含めて現行法に基づいて検討する必要があります。既存部が旧耐震など、既存不適格建物である場合には緩和規定を受けることができます。既存部の面積の1/2を超える大規模な増築の場合、一体増築を行うと現行法適合が求められますが、EXP.Jを設けて増築すれば、既存部の耐震性は耐震診断基準で安全性の検討を行うことができます。
 既存部の面積の1/2以下の中規模な増築では、一体として増築する場合においても、吹き抜け部に床を張るなどの増築で架構を構成する部材の追加変更がなければ、全体として耐震診断基準による耐震性の検討が許されます。ただし、耐震性以外の検討は現行法による必要があります。
 既存部の面積の1/20以下かつ50㎡以下の増築であれば、EXP.Jの有無に係わらず構造耐力上の危険性が増大しないことが条件となります。詳しくは、『建築構造設計指針2019』p.524を参照してください。
用途変更における構造安全性の確認
 用途変更の場合には、当該部分に増築等を伴わない限り、構造耐力関係の改正規定は適用されない(法第87条)とされており、構造安全性の検討は当該建物を建設した当時の法令によることとされています。したがって、旧耐震建物は、旧建築基準法で検討してよいことになりますが、旧法の構造計算ソフトは整備されておらず、旧法で検討することは現実的ではないので、積載荷重などの増大がなく常時の安全性が構造計算を行わなくても確認できる場合には、地震時の安全性を耐震診断で検討することが考えられます。積載荷重などが増大する場合には、1次設計時の地震力との組み合わせも含めて許容応力度計算を行った上で、耐震診断を行うことが望ましいといえます。具体的な対応は特定行政庁にご相談いただくのがよく、特定行政庁の判断を踏まえて本協会の評価委員会で耐震安全性を審査した事例もあります。
表④ 改修設計における構造安全性の確認
改修設計における構造安全性の確認
 既存建物の主要構造部を改修する場合にも、建築基準法に基づき安全性を確認する必要があり、この場合の構造安全性の確認方法を表④に整理します。
 主要構造部である外壁の過半などを改修し、大規模の修繕・大規模の模様替えに該当する改修となる場合は、新耐震建物などの適格建物では現行法に基づき安全性の確認を行う必要があります。旧耐震建物などの不適格建物では令第137条の12の緩和規定により、構造体の危険性が増大しないこととされています。このため、申請時に設計者が構造体の危険性が増大しないことを適切に報告すればよいこととなります。
 外壁の改修が過半とならないなどの小規模改修は確認申請が不要であるため、法第8条(維持保全)に基づき建物の所有者、管理者の責任において、適法な状態を保つ計画とする必要があり、設計者はこれに協力する必要があります。
 一方、耐震改修では耐震改修促進法も踏まえて行う必要があります。耐震補強により主要構造部の一種の過半を修復することは新耐震建物ではあまり想定されないものの、適格建物では現行法に基づき安全性を確認する必要があります。旧耐震などの既存不適格建物では耐震診断による安全性の確認を行い、耐震改修促進法の計画認定を取得すれば建築計画上の既存遡及を回避した設計ができます。
 大規模な模様替えに該当しない耐震改修は、法第8条(維持保全)および耐震改修促進法に基づき、設計者が遵法性に留意しながら設計を行うこととなります。
表⑤ 1981年以降の主な構造関係規定の改正
構造体の既存不適格仕様の確認
 建築確認を伴う既存建物への増築や大規模の修繕・大規模の模様替えを行う場合には、構造体の安全性を確認する必要があり、適格建物の構造体の安全性の確認は構造計算法の変遷の影響を受け困難な作業となることがあります。このような場合には、構造体の既存不適格事項を確認することにより、既に説明しました令第137条の2や令第137条の12による緩和処置を受けることができます。
 1981年以降に建設された新耐震建物に想定される構造体の既存不適格事項のうち、多くの建物に共通する告示と内容を表⑤にまとめましたので、業務にご活用ください。2001年の杭材の許容応力度の指定に伴う水平力に対する検討の義務化、2007年の非構造部材が構造部材へ及ぼす影響の考慮などは、多くの建物に共通する不適格項目と考えられます。
藤村 勝(ふじむら・まさる)
東京都建築建築安全支援協会管理建築士
1949年 長野県生まれ/1972年 日本大学理工学部建築学科卒業後、竹中工務店東京本店設計部入社/現在、東京都建築安全支援協会管理建築士