世界コンバージョン建築巡り 第31回(最終回)
建築コンバージョンから学ぶこと
小林 克弘(東京都立大学(旧首都大学東京)名誉教授)
はじめに
 2016年5月号から始まった本連載で、コンバージョン建築を巡った都市の数は25ヶ国50都市以上にも及ぶ。最終回の今回は、特定の都市を巡るのではなく、これまでに取り上げる機会のなかった事例を主対象としながら、建築コンバージョンについて学べることをより巨視的な視点から整理することで、連載のまとめとしたい。
1. ディオクレティアヌス浴場(ローマ、イタリア)
南側外観。正面奥がローマ国立博物館。さまざまに転用されてきた古代ローマ時代の大浴場。
2. ディオクレティアヌス浴場(ローマ、イタリア)
南西側レプッブリカ広場に面するサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会の入口。
3. ディオクレティアヌス浴場(ローマ、イタリア)
中央広間が転用されたミケランジェロによるサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会。
4. ディオクレティアヌス浴場(ローマ、イタリア)
大浴場の背面に建設された修道院の中庭。
5. ディオクレティアヌス浴場(ローマ、イタリア)
ローマ国立博物館。大浴場の内部空間を活用した展示室。
6. ディオクレティアヌス浴場(ローマ、イタリア)
同上、修道院の礼拝堂を展示室に転用した空間。
7. マルケッルス劇場(ローマ、イタリア)
古代ローマ、紀元前13年頃に建てられた半円形の劇場が改築と修復を繰り返して、現在では集合住宅として使われている。
正面全景。劇場遺構の上階に集合住宅が積層されている。
8. マルケッルス劇場(ローマ、イタリア)
側面。パラッツォ・オルシーニの側面が、劇場の正面へと連続する。
9. マルケッルス劇場(ローマ、イタリア)
劇場遺構と集合住宅の取り合い部。
コンバージョンの長い歴史を知る
 コンバージョンという言葉は、21世紀になって盛んに用いられるようになったが、コンバージョンそのものは、近年に始まったことではない。コンバージョンは、建築を転生させて寿命を延ばし、その社会的有用性を高めてきた。
 ふたつの例を挙げたい。まず、古代ローマの大浴場の代表例「ディオクレティアヌス浴場」(306年竣工)である。6世紀以降、千年近く放置されてきた施設が、1560年代にミケランジェロのデザインによって中央広間部分が教会に転用され、その後、他の部分を改修しながら修道院や研究施設がつくり込まれた。近年になって、それらの空間や既存の浴場空間の一部を転用して、ローマ国立博物館を整備するという、それこそ1700年以上の歴史を誇るコンバージョン事例となった(1 – 6)。残念ながらミケランジェロのデザインは改修されてしまっているが、古代浴場という娯楽施設が、教会という聖なる空間に、あるいは、展示空間という文化的空間に変わった点は興味深い。
 もうひとつの例、「マルケッルス劇場」(7 – 9)は、コロセウム以前の紀元前13年頃に建てられた半円形の劇場が、中世には要塞として使用され、ルネッサンス期には隣接して建てられたパラッツォと一体化し、その後も改築と修復を繰り返して、現在では集合住宅として使われているという不思議な事例である。
 これらの驚くべきコンバージョン事例を見ると、建築の寿命の長さ、コンバージョンの可能性が痛感されるが、併せて、建築史で不可欠なビルディング・タイプという概念に対する疑念もわいてくる。通常の建築史の教えは、それぞれの時代に必要とされるプログラムがあり、その要望を満たすために機能的・技術的な洗練がなされると、おのずと類似した表現をもつ建築タイプができるということであった。しかし、古代浴場が教会や展示空間になり、古代劇場が集合住宅になるといった変化を見ると、ビルディング・タイプという建築観はとても不自由なものに思えてくる。
10. テート・モダン(ロンドン、イギリス)
テムズ川南岸に建てられた発電所(1947–63年)の美術館へのコンバージョン。1993年のコンペでヘルツォーク&ド・ムーロン案が最優秀に選ばれ、2000年に開館。
全景。テムズ川に架かる歩道橋ミレニアム・ブリッジより見る。
11. テート・モダン(ロンドン、イギリス)
最上階のカフェテリアからロンドン・シティを見渡す。ミレニアム・ブリッジとその先にセントポール大聖堂が見える。
12. テート・モダン(ロンドン、イギリス)
内部のかつて大型発電機が置かれていたタービン・ホール。
13. トゥルク・アカデミー(トゥルク、フィンランド)
工場および関連施設が、大学に転用された。
東側正面外観。
14. トゥルク・アカデミー(トゥルク、フィンランド)
内部のカフェテリアやラウンジ。コンバージョンで生まれた大空間。
15. トゥルク・アカデミー(トゥルク、フィンランド)
図書館スペース。
16. トゥルク・アカデミー(トゥルク、フィンランド)
音楽室。大空間の中に挿入されたヴォリューム内に設けられている。
17. トゥルク・アカデミー(トゥルク、フィンランド)
労働者宿泊施設だった施設は、研究室に転用されている。
コンバージョンは、らしからぬ建築、脱ビルディング・タイプに通じる
 見方を変えると、コンバージョンは「らしからぬデザイン」を生む起爆力を備えているといえるだろう。新築の場合は、ビルディング・タイプに対応した「らしさ」の表現から逃れにくい。教育施設であれば「学校らしさ」、居住施設であれば「家らしさ」などが、大前提になる。しかし、コンバージョンの場合、ある機能のために建てられた建築に、他の機能を挿入していくのであるから、「らしさ」なる概念は崩れ、むしろ「らしからぬ」建築が生まれる可能性がある。「らしからぬ建築」とは、言葉の響きはよくないが、新築では生まれない、意外性の美学を備えた建築ということである。
 前回の連載で取り上げた「オルセー美術館」(1986年)は、駅を美術館に変えるという計画であったが故に、「美術館らしからぬ美術館」、あるいは、他にはない魅力的な空間を備えた美術館として高い評価を得て、その結果、コンバージョンの普及に貢献した。
 「テート・モダン」(10 – 12)も同様の役割を果たした。テムズ川南岸に建てられた発電所(1947–63年)のコンバージョンが、1993年に、設計競技の対象になったこと自体が大きな話題となった。148作品の応募の中から、6人の著名な建築家が2段階目の審査対象建築家となり、最終的に、ヘルツォーク&ド・ムーロン案が最優秀に選ばれて、2000年に開館に至った。その案は、外観を慎重に保存し、屋上のガラスの増築は、簡潔な水平性を強調することで、既存建築との調和を意図している。内部でも、発電機が置かれていたタービン・ホールを大展示空間とするなど、既存建築の空間的特徴を活かした案である点が評価された。最上階のカフェから、対岸のロンドン中心部が見渡せることも大きな魅力のひとつであった。既存の空間や立地特性を活かすことで、独特の魅力を備えた美術館を生み出し得ることが、再認識されたのである。
 意外性を備えた事例を、もう一例挙げよう。フィンランドの古都トゥルクの港湾地区に実現した「トゥルク・アカデミー」(1997年、13 – 17)は、工場および関連施設が、大学に転用された事例である。20世紀前半に、2棟の造船所、全長270mのロープ工場、労働者施設が建設されていたが、操業停止後に、全体が芸術関連の大学施設にコンバージョンされた。中庭を挟む2棟の造船所では、音環境が重要な400席のオーディトリアムやリハーサル室などを大空間に内包されたヴォリュームに納め、図書館、カフェテリア、ホワイエがその周囲を取り囲む。ロープ工場と労働者施設は、研究室とリハーサル室に転用されて造船所と連結され、全体が大学施設として機能する。造船所の外観はまったく大学施設らしくないが、その意外性こそが魅力でもあり、また、造船所の大空間を利用した図書館、カフェテリア、ホワイエは、新築ではできない空間の迫力を備える。
18. フュンフ・へ―フェ(ミュンヘン、ドイツ)
フュンフ・へ―フェは、5つの中庭の意。個々の建築の保存・解体・新築を総合しながら、街区全体を再生した。性格やデザインの異なる「5つの中庭」が埋め込まれている。新築棟とパサージュや中庭は、ヘルツォーク&ド・ムーロンのデザイン。
街区の一部に挿入された新築棟。
19. フュンフ・へ―フェ(ミュンヘン、ドイツ)
街区の中央を利用してつくられたパサージュ。
20. フュンフ・へ―フェ(ミュンヘン、ドイツ)
中庭のひとつ。
21. 大館文化ハブ(香港、中国)
ヘルツォーク&ド・ムーロンによる19世紀半ばに建てられた警察署、裁判所、監獄など約20棟の建築群の文化施設へのコンバージョン。
現地案内板。約20棟の建築群のコンバージョン。
22. 大館文化ハブ(香港、中国)
ホール(左)と既存建築を活用した入口(右)。
23. 大館文化ハブ(香港、中国)
ホール下の大階段広場。新設の大階段と既存壁面が共存する。
24. 大館文化ハブ(香港、中国)
博物館として公開された旧監獄ホール。一部はホールのバーになっている。
25. 大館文化ハブ(香港、中国)
旧裁判所前の広場。
26. コロンビア・サークル(上海、中国)
欧米人のレジャースポットだった10以上の建築群を、飲食、店舗、展示、オフィスなどの複合施設に転用。
中央広場。
27. コロンビア・サークル(上海、中国)
OMAによる増築ヴォリューム。
28. コロンビア・サークル(上海、中国)
全体案内図
単体から群へ、街区へと広がるコンバージョン
 単体の建築ではなく、複数の建築がコンバージョンされると、地区の性格を大きく変化させる大きな力が備わる。また、コンバージョンと新築や増築を組み合わせると、さらに大きな有用性を発揮する。
 ミュンヘンの中心部に立地する「フュンフ・へ―フェ」(2006年、18 – 20)は「5つの中庭」という意味であるが、ひとつの街区全体を対象として、個々の建築の保存・解体・新築を総合しながら、街区全体を再生した事例である。その中に、性格やデザインの異なる「5つの中庭」が埋め込まれている。複数の建築のコンバージョン、あるいは、それに基づく街区再生というコンバージョンの先駆けとなった事例である。内部のパサージュや中庭は、ヘルツォーク&ド・ムーロンのデザインであるが、街路側は可能な限り既存建築を残しており、街路からパサージュにつながる箇所にのみ、新築要素が導入されている。
 香港において、2018年に開館した「大館文化ハブ」も、ヘルツォーク&ド・ムーロンによる複数建築群のコンバージョンである(21 – 25)。既存施設は、19世紀半ばに建てられた警察署、裁判所、監獄など約20棟の建築群であり、施設の移転に伴って、2008年に文化施設への転用が決定された。中央警察署、中央裁判所で囲まれた広場回りは、外観を保存して、商業施設や展示施設へ転用するという類であるが、高台に建つヴィクトリア監獄や警察関係者宿舎周辺では、ヘルツォーク&ド・ムーロンによるホールと現代美術館が既存施設と関係付けられつつ新築され、新旧施設が対比的に共存する。ホールのエントランスには、既存建築を使用し、監獄をホール施設の一部として使用するなど、機能面でも一体化が図られた点は、対比的表現と一体的機能の統合を試みる創意工夫に満ちている。
 上海では、「コロンビア・サークル」という、OMAによるコンバージョン・デザインの一部が、2018年にオープンした(26 – 28)。既存施設は、租界時代にはコロンビア・カントリークラブという、欧米人のレジャースポットだった10以上の建築群であり、戦後の一時期に研究所として使用された後、長年放置されてきた。これらの施設群を、飲食、店舗、展示、オフィスなどの複合施設に転用するという大規模な計画である。既存建築が残る中に、随所にOMAらしい抽象的な箱型のデザインが見られ、新旧施設の混在が不思議な雰囲気を生み出しつつある。
29. ドイツ連邦軍軍事史博物館(ドレスデン、ドイツ)
既存建築は、1877年につくられた兵器庫。コンペでダニエル・リベスキンド案が選ばれた。くさび型ヴォリュームが斜めに挿入されている。
正面外観。
30. ドイツ連邦軍軍事史博物館(ドレスデン、ドイツ)
くさび型ヴォリュームの先端に設けられた展望台。展望台はドレスデンの戦災の中心地報告を向く。
31. ドイツ連邦軍軍事史博物館(ドレスデン、ドイツ)
展望台から既存外壁を見下ろす。
32. ドイツ連邦軍軍事史博物館(ドレスデン、ドイツ)
内部での斜めの壁と既存の静的な空間の対比。
調和か、対比か──さまざまなデザイン手法があり得る
 通常のコンバージョンは、既存建築との調和や融合が目指されるが、徹底的に対比を強調する建築表現もあり得る。
 ドレスデンに建つ「ドイツ連邦軍軍事史博物館」(19 – 32)は、左右対称の古典主義のファサードにくさび型のガラス張りのヴォリュームが突き刺さるという、大胆な表現を実現した作品である。既存建築は、1877年に兵器庫としてつくられ、第二次世界大戦後は、ドレスデンが東ドイツ内に位置したため、東ドイツの博物館を含む軍関係施設として使用された。1990年のドイツ統一後、軍事史博物館となり、施設の刷新のために2001年に増築を含む大改修のためのコンペが行われ、ダニエル・リベスキンド案が最優秀に選ばれて、2011年に開館に至った。くさび型ヴォリュームの先端には、ドレスデンの戦災の中心部方向を見渡す展望室が設けられている。既存建築は歴史的建築なので、通常は、その外観に大きな変更を与えるような改修デザインはなされない。軍事施設であったという過去に対する、建築家の批判的姿勢の表れと解釈することもできるが、ここまで大胆な変貌を加える改修デザインは稀である。くさび型の内部は斜めの壁を活かした展示空間であり、既存の静的な空間との対比を生んでいる。コンバージョン自体がリベスキンドの貢献ではないが、対比的表現により、既存建築に対する批判や問いかけを行うという点には、リベスキンドらしさが現れている。
まとめ
 体系的とはいかないが、建築コンバージョンが教えてくれることを述べた。新築の建築では生み出され得ない特徴や意外性に富んだ効果が得られるという魅力は、今後のコンバージョン建築デザインでさらに開拓されることになろう。その際に、群としてのコンバージョン、キャラクターや「らしさ」なる概念、ビルディング・タイプ、対比表現の構造などを意識することで、コンバージョン・デザインの可能性は一段と深まるであろう。
 現実に目を向けると、世界がコロナ禍から立ち直る際、建築の分野においては、コンバージョンがこれまで以上に有用な手法となるかもしれないし、思いがけない新しいタイプのコンバージョンも生じるかもしれない。引き続き、コンバージョンの動向には注視していきたい。

[謝辞] 2016年5月号からの長い連載をご愛読いただいた方々、編集に携わられた方々に、心から感謝申し上げます。
小林 克弘(こばやし・かつひろ)
東京都立大学(旧首都大学東京)名誉教授
1955年生まれ/1977年 東京大学工学部建築学科卒業/1985年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了、工学博士/東京都立大学専任講師、助教授、教授を経て、2020年3月首都大学東京大学院都市環境科学研究科建築学域教授を定年退職/2021年4月から、国立近現代建築資料館主任建築資料調査官/近著に『建築転生 世界のコンバージョン建築㈼』鹿島出版会、2013年、『スカイスクレイパーズ──世界の高層建築の挑戦』鹿島出版会、2015年など