思い出のスケッチ #346
長崎県野崎島 旧野首教会
杉野 和彦(杉野和彦建築事務所)
 2010年5月、長崎県五島列島に数多く残る教会を徒歩で巡り始め、一番南の福江島から各島々を歩いて、北端に近いここ旧野首教会についたのは5月26日でした。この教会のある野崎島へは隣の小値賀島から1日2便の船で渡ります。
 野崎島は無人の島で、信徒がいなければ教会は機能せず、野首教会は旧野首教会となりました。1971年頃までに住民は移住してしまい、鹿が700頭ほど住んでいますが、食べる草木にも限りがあり、数は減っていくといわれています。
 小値賀島から船で波止場に着けば、降りた客は僕ひとりでした。旧教会への途中、無人の集落跡を通ります。当時の生活のまま放棄され、一寸無気味でしたが、晴天の朝のせいか恐怖はまったく感じませんでした。
 丘の上に教会を見上げるところに着いて、この絵を描きました。見ているのは遠巻きにしている鹿たちだけ。ハーブの香りがただよい、何も考えずにクレヨンを選ぶのは至福のひとときでした。
 海を望む旧教会は鉄川与助の設計施工による煉瓦造で1908年献堂。堂々としたファサードをもち、内部には端正なゴシック風リブやアカンサスの彫刻が残ります。煉瓦造なのに内部の木造の柱やリブって? とも思いますが、それは健気な信仰の力。
 帰りの船中で、香っていたハーブは海浜植物のハマゴウと教えられました。
杉野 和彦(すぎの・かずひこ)
杉野和彦建築事務所
1944年 東京生まれ/早稲田大学大学院建設工学科修了(吉阪隆正研究室)/1971年 (株)RIA建築綜合研究所(現(株)アール・アイ・エー)入社/1998年 (株)ール・アイ・エー退社、杉野和彦建築事務所設立、現在に至る/2006年 フランス、ル・ピュイからスペイン、サンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼道1600キロを歩く