野崎島は無人の島で、信徒がいなければ教会は機能せず、野首教会は旧野首教会となりました。1971年頃までに住民は移住してしまい、鹿が700頭ほど住んでいますが、食べる草木にも限りがあり、数は減っていくといわれています。
小値賀島から船で波止場に着けば、降りた客は僕ひとりでした。旧教会への途中、無人の集落跡を通ります。当時の生活のまま放棄され、一寸無気味でしたが、晴天の朝のせいか恐怖はまったく感じませんでした。
丘の上に教会を見上げるところに着いて、この絵を描きました。見ているのは遠巻きにしている鹿たちだけ。ハーブの香りがただよい、何も考えずにクレヨンを選ぶのは至福のひとときでした。
海を望む旧教会は鉄川与助の設計施工による煉瓦造で1908年献堂。堂々としたファサードをもち、内部には端正なゴシック風リブやアカンサスの彫刻が残ります。煉瓦造なのに内部の木造の柱やリブって? とも思いますが、それは健気な信仰の力。
帰りの船中で、香っていたハーブは海浜植物のハマゴウと教えられました。
杉野 和彦(すぎの・かずひこ)
杉野和彦建築事務所
1944年 東京生まれ/早稲田大学大学院建設工学科修了(吉阪隆正研究室)/1971年 (株)RIA建築綜合研究所(現(株)アール・アイ・エー)入社/1998年 (株)ール・アイ・エー退社、杉野和彦建築事務所設立、現在に至る/2006年 フランス、ル・ピュイからスペイン、サンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼道1600キロを歩く
1944年 東京生まれ/早稲田大学大学院建設工学科修了(吉阪隆正研究室)/1971年 (株)RIA建築綜合研究所(現(株)アール・アイ・エー)入社/1998年 (株)ール・アイ・エー退社、杉野和彦建築事務所設立、現在に至る/2006年 フランス、ル・ピュイからスペイン、サンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼道1600キロを歩く
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