第47回東京建築賞総評
栗生 明(東京建築賞選考委員会委員長)
 東京建築賞は47回目を迎えました。応募総数は78作品で、各部門ともにほぼ同数の応募がありました。
 しかし、昨年来のコロナ禍の影響で、審査は困難を極めました。第一次の書類審査はオンライン併用で審査せざるを得ませんでしたが、現地審査によってしか理解できない作品を、この段階で見落とさぬよう配慮し、戸建住宅部門9作品、共同住宅部門7作品、一般一類部門7作品、一般二類部門7作品の、計30作品を現地審査対象として選考しました。
 充分なコロナ対策を施した上で、現地審査を始めたものの、コロナの猛威は収まらず、数作品の審査を終えた段階で、現地審査の中断を余儀なくされました。
 約3カ月後に再開しましたが、1週間もしないうちに再度中断となり、結局、すべての現地審査が終了したのは10月も半ばとなってしまいました。
 結局半年間以上にもおよぶ長期の審査になりました。
 二次審査会では、部門ごとに、現地審査にあたった審査委員の意見を尊重しつつ、さまざまな角度から丁寧な議論を重ね、すべての部門で最優秀賞、優秀賞、奨励賞を仮決めしました。
 この中から、東京都知事賞、東京建築士事務所協会会長賞、新人賞、リノベーション賞それぞれに相応しい作品はどれかを時間をかけて議論し、その上で各賞を再調整し、受賞作品を決定いたしました。
東京都知事賞
 東京都知事賞は、選考基準として東京都内に建てられ、防災、福祉、都市景観などの見地から都民生活の向上を図り、特に秩序ある都市の建設に貢献し、併せて地域環境の維持向上に寄与したと認められる作品であることが求められています。
 東京都知事賞に選ばれたのは戸建住宅部門の「上池袋の住宅」です。
 敷地周辺は防災に強い都市づくりのために、道路の整備や延焼遮断帯としての建築の不燃化・耐震化が進められている木造密集地域です。敷地は都市計画道路の整備事業によって、面積は約半分となり、奥行きが浅く接道幅の広い形状となっています。3代にわたって住み続けてきた土地への思いや、高齢の母親の暮らしの継続のため、2世帯住宅の建て替えを行っています。道路側の騒音や密集した地域の中で、高齢の母と子世帯の快適さを両立させることを目指し、通風や採光を密集地側からも確保するために、東南側に光庭を設けています。光庭を囲むL字型プランによって、断面的・平面的に同居する親子は、付かず離れずのほどよい距離感を保つことができています。厳しい制約条件の中、設計意図がそのまま具現された極めて優れた住宅として評価されました。
 「東京都知事賞は公共建築が相応しいのでは」という議論もありました。しかし、接道して建つ限り、私的な住宅も多くの人々の目に触れる公共的なものです。前述した東京都の選考基準に抵触するものでもありません。都市計画や建築計画の面からみても、批評性に富んだ様々な工夫が見られ、東京都知事賞に相応しい作品として選考されました。
東京都建築事務所協会会長賞
 東京都建築事務所協会会長賞は一般二類部門の「有明体操競技場」が選考されました。
 今年はコロナ禍とともに、その難局時に開かれた東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催の年でもあったと記憶されると思います。有明体操競技場もその大会の会場のひとつとして計画されました。
 東雲運河越しに遠望すると、湾岸地域に浮かぶ巨大な「木の器」が目を引きます。
 世界規模のスポーツ競技大会施設としての象徴性を充分に発揮する一方、周辺環境に配慮し、軒の高さをコントロールすることで、水平方向の伸びやかさを強調した優れたデザインです。最大の特徴は、建物各所に多岐にわたり木材を利用していることです。
 これはかって貯木場であったこの敷地の記憶を表出したものと説明されています。
 具体的には屋根架構、外装、観客席、外構などに、木の持つ特性を考慮し、それらを活かした適材適所の木材利用を追求したものです。
 競技エリアの天井は木架構をそのまま現し、観客のアプローチとなるコンコース空間も、あえて外部化、遮音性能や断熱性能を持たせた木外装を客席段床に沿って配するなど、機能と構成と空間が一体となり緊張感をもった纏まりをみせています。
 大会終了後は仮設の客席部分は撤去し、一部改修された後に展示場として利用される予定です。
 世界最大規模の複合式木質張弦梁構造による競技エリアの、ダイナミックな木質大空間はスポーツ競技の興奮を包み込む空間として優れた効果を発揮するものと思われます。
新人賞
 新人賞は共同住宅部門の「吉祥寺の家」が選考されました。
 吉祥寺の住宅街に計画された12戸の木造賃貸集合住宅です。
 前面道路から引き込まれたアプローチを、コの字型に囲むように配置された集合住宅は、街につながりながらも固有の外部空間を持った集合住宅としてデザインされています。
 各住戸が独立したアプローチを持った住戸群の集合体でありながら、ひとつ屋根に覆われた大きなひとつの家としての存在感を持っています。それは画一的な住戸の連続としての集合ではなく、重層長屋として、プランや住戸形式、天井高さなど異なった住空間が巧みに組み立てられ、一体化されていることから現れる魅力になっています。
 すべてが異なる12戸の住宅がほどよい距離感を持って隣接しつつ、街につながる広場的アプローチ空間での住民のコミュニケーションを誘発する仕掛けなど、新人賞に相応しい感性を持ったデザインとして評価されました。
リノベーション賞
 リノベーション賞は共同住宅部門の「旧山口萬吉邸 / kudan house」が選考されました。
 近年、既存の建築のリノベーション・コンバージョンをテーマにした応募作品が多くなってきました。そして、その質も年々高まってきています。今回も最終の現地審査には4作品が残りました。特に「旧山口萬吉邸 / kudan house」、「千代田区立九段小学校・幼稚園」、「港区立郷土歴史館複合施設『ゆかしの杜』」の3作品は、それぞれ理にかなった、質の高いリノベーション作品として評価されました。
 受賞作の「旧山口萬吉邸 / kudan house」は東京都千代田区九段の文教地区に位置し、都心にありながら靖国神社や千鳥ヶ淵など自然豊かな環境に囲まれた邸宅でした。昭和2(1927)年、内藤多仲・木子七郎・今井兼次といった当時のトップアーキテクトが協働して建てたスパニッシュ様式の意匠を持つ邸宅であり、震災・戦災を生き延びた歴史的希少性の高い建築です。こうした建築資産の魅力を現代に甦らせるために、再構築された優れた作品として評価されました。快適性の向上と意匠性の保存を目指し、細部に至るまで目の行き届いた修復と、先端設備技術の違和感のない導入は、完成度の高い作品となっています。また、歴史的建造物が持つ独特の空気感を活かしたオフサイトミーティングなど、会員制ビジネスイノベーション拠点として開放し、長期的な改修や維持管理に必要な収益を生み出しながら、次世代への文化継承を目的とする想いを具現化させた事業として、今後の歴史的有形文化財の保存活用の優れたモデルとなっています。
栗生 明(くりゅう・あきら)
建築家、栗生総合計画事務所代表、千葉大学名誉教授
1947年 千葉県生まれ/1973年 早稲田大学大学院修了後、槇総合計画事務所/1979年 Kアトリエ設立/1987年 栗生総合計画事務所に改称、現在、代表取締役/1989年「カーニバルショーケース」で新日本建築家協会新人賞、1996年「植村直己冒険館」で日本建築学会作品賞、2003年「平等院宝物館鳳翔館」で日本芸術院賞、2006年「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」で村野藤吾賞ほか、受賞多数
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