伝統建築工匠の技 第1回
日本伝統建築技術保存会
鳥羽瀬 公二((一社)日本伝統建築技術保存会会長、株式会社鳥羽瀬社寺建築代表取締役)
大工職の技能研修風景。規矩図作成。
大工職の技能研修風景。座学。
大工職の技能研修風景。屋根隅模型作成。
大工職の技能研修風景。屋根隅模型完成。
ヤリカンナ削り。
チョウナ斫り。
堂 建て方。
柱根継ぎ修理。
重要文化財 塔修理中。
重要文化財 保存修理後。
国宝 堂 保存修理後。
史跡城郭 復原。
当保存会のあらまし
 「日本の木造建築技術は、千数百年の昔より連綿と受け継がれ、我が国の気候風土と融合調和して発達を遂げてきた日本が世界に誇る技術の一つであり、日本人の魂の拠り所でもあります。
 しかしながら、近年の画一的、大量生産的な技術革新の波は、我々の祖先が何十代にも亘って改良を重ねてきた叡智の結晶であるこの伝統的木造建築技術をも一気に消し去ってしまいそうな勢いで押し寄せて参っております。
 この、危機に直面している伝統技術を受け継いできた私達は、これを守る為、更に研鑚練磨を重ね、次世代に継承していくことこそ最も重要な責務と考えております。
 そこで私達は個々の力を結集して、この責務を果たす為の第一歩として有志の者が相集い『日本伝統建築技術保存会』を設立しようと考えました。」(設立趣意書より)

 上記の趣意のもと、国宝・重要文化財建造物などの保存修理工事や伝統的建造物の改修・新築工事などを手掛けている伝統大工工務店が、平成12(2000)年の暮れに当会を設立し、それまでに個々に行ってきた技術の研鑽、継承を組織的に行うことをひとつの目的として活動しています。
 今まさにプレカット化した住宅建築では、鑿や鉋・鋸などの大工道具は不要となり、刃物の研ぎさえできない、大工と思えない人が大工を名乗っているようです。まさに大工技術・棟梁技術は消滅の危機にあります。技術のピラミッドは崩れ、底辺の住宅という部門がなくなり、頂点ともいえる伝統大工技術も存続の危機にあります。
 そのような中、当会の活動のひとつとして大工職人の技能研修があります。前期技能研修が年に5回、2日ずつの計10日間70時間、後期技能研修も同じ日程で70時間、これを東日本会場と西日本会場で交互に実施、また棟梁研修を毎年70時間と行っています。
 また春と秋には実際の修理・復原現場などから学ぶ見学研修会・講演会を実施し、会員のレベルアップも図っています。
 また年2回の会報の発行により、会員同士の情報交換、事業の報告も行っており、現在正会員65社、準正会員・準会員約300名の団体に成長してきました。
 ですが、技術の研鑽・継承には何よりも現場で建物に習うということが不可欠です。古いものを触らないと新しいものはできません。私は師のひとりに「本当にできたのかどうかは、200年経たないと分からない」と言われたことがありますが、文化財などの修理工事を経験して、新築・改築の伝統建築は施工できます。そのためにはやはり全体の仕事量が問題となります。
 皆が文化財建造物をインバウンド観光のためのものだけではなく、日本人としての文化意識を高め、保存義務としてとらえ、守る機運を高めていくことが大事だと考えます。
ユネスコ登録にあたって
 当会は平成21(2009)年に文化財保護法第147条の規定により、文部科学大臣認定「文化財選定保存技術保存団体」(建造物木工)の団体となりました。また昨年(令和2/2020年)には「伝統建築工匠の技」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産に登録されました。
 これもひとえに「伝統建築工匠の会」様はじめ、関係各位のご尽力の賜物と感謝申し上げます。たいへんに名誉なことと会員一同の喜びもひとしおですが、さらに重い課題と責任を背負ったと感じています。
 ひとつには、文化財などの伝統建築に必要な太径材がいつまで日本の森林に存在するのか、という問題があります。文化財の修理には3大原則があります。同材種・同品質・同技術というものです。集成材のためのラミナ材を主流生産する林業では、山は間伐施業をせず、小径材を採る皆伐となりがちです。太径材を育てるには計画的に長伐期施業をしていただく必要があります。文化財建造物を守るためには、林業家と連携した計画的な施業をする山をつくることが不可欠と思われますが、とても民間だけの力では不足で、「(一社)文化遺産を守るための森づくり会議」のような、林業家・行政・神社仏閣・大工をも巻き込んだ活動も必要でしょう。
現行法の問題
 それともうひとつには、現行建築基準法の問題があります。
 平成7(1995)年の阪神淡路大震災により、木造建築による多くの犠牲者・被害が出ました。それにより昭和56(1981)年の新耐震基準以前の古い木造は、みな耐震性がないとされました。伝統建築は、筋交い・金物の不足した筋交い建築(剛構造)と十把一絡げにされたのです。疑問視する声は各所で起きました。なぜ基準法で適用の除外とされている文化財建造物は、保存修理を繰り返しながら大地震にも耐えて数百年、千年と建ち続けているのか。
 そこで平成12(2000)年に法は仕様規定だけではなく、性能規定を取り入れました。構造計算をすれば伝統的な木造建築も建てられるようになりました。ありがたいことです。
 弊社のような大工工務店は耐震設計などは分からず、建築士に任せておけばよい、という程度の考えでしたが、国の耐震促進法を受けて各自治体が耐震診断に乗り出しました。が、一般診断という現代住宅に向いた耐力壁計算の診断法・改修設計のため、戦前の変形・減衰性能に優れた伝統的な素晴らしい建物がどんどん取り壊されていくのではないか、という危機感にかられ、われわれ大工工務店も勉強しなければと、限界耐力計算なるものに取り組むことになりました。
性能規定で建築する伝統構法
 関西にはJSCA関西が開発した『伝統的な軸組構法を主体とした木造住宅・建築物の耐震性能評価・耐震補強マニュアル』があり、現在もどんどん進化し続けて、第7部(2019年10月刊行)まで発行されております。ありがたいことに計算の考え方に間違いがないか、レビューをしていただけます。またこの計算法は平成30(2018)年国土交通省住宅局発行の『歴史的建築物の活用に向けた条例整備ガイドライン』にも掲載されている方法でもあり、大阪府、京都市、奈良県の自治体に採用されています。
 ですが伝統建築の継承されてきた技術を現代に継承していくためには、改修工事だけではなく、新築工事にその技術が使えることが非常に大事なことで、確認申請もこの方法で、われわれにとってはたいへんな作業をしながら行っています。何しろ本来は構造計算をしなくてもよい4号建築物に300ページくらいになる計算書を付けなくてはならないのですから、まだまだたいへんな労力を必要とし、ハードルが高いのが現状です。
 耐火に関しては、燃え代設計という方法を教えていただき、外壁・軒天・面戸板などの厚みで準防火地域に新築で建築したこともあります。最近盛んに木造建築物の燃焼実験が行われ、その実験数値を確信申請の時に付ければ、受け付けてくれる、という話も伺っています。
 ありがたいことに、伝統的な建物も以前と比べると合法的に建築できるようにはなってきているようです。ただし仕様規定で建築することよりも性能規定で建築する伝統構法には、たいへんな手順と作業を要します。私はこの先人が残した英知を継承していくためにも、1級木造建築士のようなものがあってもいいように思っています。
鳥羽瀬 公二(とばせ・こうじ)
棟梁専攻建築士、(株)鳥羽瀬社寺建築 代表取締役会長、(株)鳥羽瀬社寺建築設計事務所 代表、(一社)日本伝統建築技術保存会 会長(代表理事)
1957年 鹿児島県生まれ
カテゴリー:その他の読み物